「まだ作ってるの?」
疲れたような声が背中に掛けられた。長い指を動かし続けながら、バーバラは頷く。
「そうよ、悪い?これでも土産物業界から発注が掛かってるんだから」
「別に。呆れてるだけ」
「良く言うわね。そこのバットマン人形を持っていったの、誰だったかしら?」
「あんたが持たせたのよ!」
「はいはい」
おざなりに手を振ると、高い靴音が近付いて来た。モニターに薄く影が移りこむ。
「で、連中のルートは?特定出来た訳?」
「どうぞ」
差し出した地図を黒い手袋が奪い取る。闇夜に溶け込むその髪は、PC画面の光を反射して濃厚な緑の艶を放っている。自分の赤毛を指先で弄びながら、バーバラは眼前の横顔に問うた。
「ご不満は?」
「…嫌味ね」
几帳面に地図を畳んだ後、ハントレスが再び靴音を鳴らす。
「気を付けてよ」
「分かってる」
黒鳥の足音は一定のリズムを刻み、そのまま消えていった。
「さてと」
バーバラは机の引き出しを開いた。
針を付けたままの人形は、まるでそれが不満であるかのような仏頂面だ。バーバラは小さな蝙蝠を手に取ると、次いで、車椅子を後退させた。
足元から出たのはお馴染みの段ボール箱だ。今度のものはまた一段と巨大である。
バーバラは唇の端を吊り上げ、丸く切った黄色い布地を蝙蝠人形に当てた。
ハントレスにはああ言ったが、今回の顧客は土産物業界などではない。毎回毎回、多種多様の凝った注文を出してくる相手。顧客リストのトップに名を連ねている者達からの依頼なのだ。来月の期日までに、この旧型バットマンを完璧に仕上げなければならない。
「待ってなさいよ。前回の水中仕様を超える出来にしてあげる」
バーバラの瞳が、創作意欲にぎらりと燃える。
猛然と縫い始めた彼女の足元、ぱっかり空いた段ボールの箱――
そこには「アーカム・アサイラム方」の文字が燦然と煌いていた。