「うわあ、本当に本当に本当に本当に可愛い……!」
「大声を出すな」
眠る赤ん坊を抱いたブルースに睨まれ、クラークが慌てて口を押さえる。しかしどう聞いてもブルースの方が声は大きいのだが、と思いながら、ディックはそっと己の初孫を覗き込む。
滑らかな肌は褐色がかっていて、父方の血を思わせる。髪はまだ産毛だと言うのに、既に夜のような漆黒だ。そちらはきっと娘譲りなのだと、ディックは誇らしい気持ちになる。まだ開かれていない眼は、一体どのような色になるのか、楽しみで仕方ない。
ディックが一人娘であるマリィーに、ブルースの一人息子であるズファッシュとの結婚を許したのは、この子が産まれると聞いたからだ。頑なな祖父に同意させた、親孝行な孫娘は、曽祖父にして祖父という男の腕の中で眠り続けている。
そう――曽祖父にして祖父。
それが問題なのだ、とディックは僅かに眉を寄せる。
戸籍上、ディックはブルースの養子なのだ。必然的にマリィーもブルースの孫娘になる。そしてマリィーの花婿であるズファッシュは、ブルースの実子であるからして、ディックとは義理の兄弟関係になり、続柄で言えば叔父と姪の結婚という関係が――
「貴方も大変ね、ディック」
縺れ始めたディックの思考に気付いたように、クラークと一緒に来ていたダイアナが軽く肩を叩いた。
「…もう慣れたよ。それより、そちらの息子さんは?」
「元気にしているみたいね。あちこち忙しく飛び回っているようだけど」
産まれたばかりで誘拐され、更に再会したら成人していたと言う事態こそ、慣れないものだとディックは思う。しかしそこは神々の系譜を受け継ぐダイアナだ。先日は、アテナもゼウスの額から完全武装で産まれて来たのよ、とにこやかに笑っていた。
今日もまた、祖父馬鹿丸出しにしているブルースと、その横で赤ん坊に見惚れているクラークに、彼女は嫣然と微笑みながら振り返る。
「ブルース、少しはディックにその子を渡してあげたら?子どもは母方の外戚が後見するものでしょう?」
「すまないが姫君。我がウェイン家では代々、父方が面倒を看ると決まっていてね」
しれっと答えるブルースに、クラークが口を押さえたまま笑う。しかしブルースに横目で睨まれ、慌てて鋼鉄の男は手を振った。
「あ、いや、その、何でも。…けど、本当に可愛いなあこの子」
未だ名の付いていない赤ん坊に、クラークは和やかに笑ってみせる。ブルースも笑顔に毒気を抜かれたのか、多少穏やかになった表情で赤ん坊を抱き直した。
「…何を分かり切った事を。当たり前だろう」
「ああ、うん」
毒の抜け切っていない舌に、それでもクラークは笑顔を打ち消さぬまま応じる。
「そうだね。君の孫娘なんだから、可愛くて当たり前だよね」
「うむ」
「……」
「あらディック、急に黙り込んで……どうかしたの?」
「いや、何でも無い」
矢張り情操教育や諸々を考慮すると、ブルースに預けるのは止した方が良い――そう思いながら、ディックは結婚しようが孫や子が出来ようが変わらぬ2人を見つめていた。
そしてドアの外では。
「ズファッシュ、どうかしたの?入らないの?パパもブルースおじいちゃんも中よね?」
「いや、いるにはいるが……マリィー」
「え?」
「今度君のお父さんと、娘の教育方針について話をさせてくれないか。…何かと気が合いそうだ」
婿と舅の仲さえも修復させた、親孝行極まりない娘は、矢張り祖父の腕の中で泰然と眠りについたままだった。