ちゃーらーららー♪ ちゃーらーらーらーらーらー♪
ぴっ
「はいはい、バブ?俺だよ。うん大丈夫。それで?…あ、うんうん…分かった、じゃあまた」
「…ディック」
「ん?」
銀色の携帯電話を仕舞いこみ、軽やかにディックは振り返る。揺れた黒髪を憮然とした面持ちで眺めながら、ブルースは口を開いた。
「何だ、その着信音は」
「え、知らないの?バートン版バットマンの主題曲じゃないか!」
「知っている。何故そんなものを使うんだ?」
ブルースの問いにディックは首を傾げた。一個のヒーローと言う割に、端々の仕草にはまだ幼さが残っている。
「…もしかして、シューマカー版の方が好き?それともビギンズ?…え、ひょっとしてオリジナルムービー派?!」
驚愕を露に叫ぶディックへ、ブルースは脱力しながらも聞き直す。
「違う!私が聞きたいのは、何故そのように正体が分かるものを使うかだ!」
「別にいいじゃないか。僕だってバブだって、バートン版には出ていない訳だしさ」
「だからそういう問題では…着信音は私のように普通のものを使え」
「分かったよ。じゃあ今度からはブルースからのだけ変える」
かつてのサイドキックは、早速ブルース用の着信音を探し始めている。拗ねたようなその背中に、ブルースは淡い溜め息を吐いた。
その時、再び軽やかな電子音が鳴った。
ちゃっちゃらー♪ ちゃららららー♪
ぴっ
「クラーク?どうした、珍しいな。…JLAの件?分かった、調べてみよう。待機していてくれ」
かちりと通話を切り顔を上げると、そこにはディックの不穏な面持ちが控えていた。
「…ディック?」
「ブルース……」
ディックの放った携帯電話が、間抜けな音を立てて転がっていく。
一拍おいて、楽曲ならぬ怒声がフォルテで響いた。
「あんただって同じ事してるじゃないか?!何だよそのスーパーマン映画のテーマは!」
「ばっ、馬鹿を言え!これは単なる分類だ!」
「ずるい!ヒイキだ!他のは初期設定のままなのに!ってかどこで落としたんだよそれー!俺も欲しいー!」
「お前には必要ないだろう!スーパーマンから連絡される予定でもあるのか?!」
「あるよ、たまに電話とかメールしてくれるから!」
携帯電話をディックから死守するブルースの手が、凍った。
「本当にたまに、だけどね。でもやっぱり特別だろ?だからクラーク用の着信音とか…ブルース?」
―――やばい。
手だけではなく全身の機能が停止しているブルースに、ディックは本能的に口を閉じた。しかしフォローする間は、残念ながら、数秒も与えられなかった。
「ああ、いたいた!」
明るい声が上空から降って来る。
「ごめんブルース、直接来ちゃったよ。…あ、ディック、久し振りだね!元気にしていたかい?」
朗らかな笑顔のクラークに一瞥も与えず、ディックはただブルースに視線を注いでいた。
「…ひょっとして取り込み中だったか?」
「いいや」
ブルースが立ち上がる。重たげに、ゆっくりと。
「良い所に来てくれたクラーク。これからじっくり話し合おうじゃないか」
親しげにクラークの肩へ手を置き、ブルースは普段とは打って変わって微笑を浮かべた。唇の震えさえなければ魅力的な笑顔だったろう。
「え?……何を?」
困惑気味にブルースの手と顔を見比べながら、クラークは首を傾げる。どことなく上機嫌なのは、矢張り億万長者の笑顔の効果か。
「そ、それじゃあ俺ちょっとオラクルに呼ばれているからまたねクラーク!」
その空気に絶えられず、ディックは素早く逃げ出した。
「ん?あ、ああ、気を付けてー」
「クラーク」
「はい?」
冬の北海のような声が、こう呟く。
「いつから弟子にまで手を出すようになったんだ、ボーイスカウト?」
続く鋼鉄の男の悲鳴を―――ディックは聞かなかった事にした。