闇をも欺く真紅が、ゴッサムの街角に踊った。
「お疲れ様」
「…お前もな」
メトロポリスから逃亡して来た誘拐犯を、ゴードンに引き渡した後、スーパーマンとバットマンは肩を並べていた。
雪の混じった風が2人分のケープを翻す。白に彩られ始めた街路には、2人分の靴跡が残っていった。
「すぐに帰るのか?」
そう言うブルースの横顔は、街灯の鈍いオレンジ色に包まれている。彼からの珍しい問いかけに、クラークはやや首を傾げながら答えた。
「…そのつもりだったけど、どうして?」
「いや、私の家で一休みするか、聞きたかったんだが…」
「行くよ」
クラークは間髪入れずに頷いた。
―――もっと間があっても良かったか。
が、ブルースは「なら行こう」と返しただけで、怪訝そうな素振りも見せない。クラークは密かに安堵して彼に従った。
バットモービルへ向かうブルースの足は、しかし、唐突に止まる。
「どうしたんだい?」
「…猫だ」
「え」
その言葉に促され、クラークは耳に神経を集中した。…確かに、聞こえる。
細く高いその鳴き声は、子猫以外の何でもない。聞こえて来る路地を見ると、ブルースはさっさとそちらへと歩いている。遅れまじとクラークも慌てて足を運んだ。
ゴミ箱の横、くたびれた段ボールの中には、クラークの片手に収まりそうな猫がいた。
むきだしな段ボールの中で、精一杯に鳴いている。街灯と同じ、くすんだオレンジ色をしたその子猫を、黒の手袋に包まれた手が拾い上げた。
「捨てられたのかな」
「恐らくは」
目を見張っているクラークに気付いたのだろう。ブルースはマスクの眉間に皺を寄せた。
「何だ?おかしいか?」
「あ、いや、別に、手馴れてるなと思って」
「…動物は嫌いではない」
ケープで子猫を包んでから、ブルースは踵を返す。
その横を歩きながら、クラークは微笑を浮かべていた。
「猫と犬では、猫の方が好きかい?」
「いや、どちらかと言えば犬の方が好きだ」
「…じゃあ僕と同じだ」
彼との意外な共通点が見つけられて、足取りは軽い。ブーツの下の雪が雲のように感じられる。声音も弾んだ。
「その割には飼っていないんだね、犬も猫も」
「ああ…余り面倒を見てやれないからな。誰かに任せ切りになる位なら、最初から飼わない」
「じゃあ、この猫は?」
「動物保護のボランティアが知人にいる。頼めばすぐ里親が見つかるだろう」
「そうか、飼わないのか……」
降りしきる雪の粒が大きくなり始めた。この様子なら積もるだろう。
ブルースがバットモービルのドアを開く。いつにも増して慎重な手付きだ。中へ入ろうと丸められた背中の線に、クラークは言おうか言うまいか迷っていた事を、口にした。
「ブルース」
「何だ?」
「好きだよ」
ブルースが凍りついた。
―――ああ、やっぱりな。
それを見たクラークは一呼吸置いてから、言った。
「犬もだけど、蝙蝠もね。ペットにし辛いけど、よく見れば可愛いし」
「……そうか。それは、良かった」
翼と見紛うケープが吹き上がる。
「クラーク」
「うん?」
「今日はこの猫に気を取られて、ろくに持て成しが出来なさそうだ。すまないが」
「分かったよ」
最後まで言わせずクラークは答えた。
「…分かったよ、ブルース」
ブルースは視線を合わせず頷いてから―――ドアを閉めた。
あくまで静かにバットモービルは発進した。白い道路の上に、残酷なほど鮮やかな跡が残る。
上からも下からも舞い散る雪の中、クラークは静かに呟いた。
「好きだよ、蝙蝠も」
――――君も。