本日の教訓。
体が鋼鉄であろうとも、我慢の緒までが鋼鉄であるとは限らない。
「待て!止めろ!落ち着け!」
「僕が犬みたいな言い方だな」
「うちのエースはお前より利口だ……!」
クラークの力に対抗して全筋力を燃やしながらも、ブルースの頭にはそんな文字が過ぎっていた。
擬装が得意な相手だとは知っていたのに――油断の極みである。ジョンが去った後も大人しくしていたのだ。それが、椅子に座った途端、背後から襲撃して来るとは。
「良いじゃないか別に」
拗ねた口調でクラークは迫って来る。全力で肩を押していると言うのに、涼しい顔なのがブルースには気に食わなかった。
「感激の表明にキスするだけだよ?…君がそれ以上進みたいなら、場所を変えるけ」
「分かった。クリプトナイトだな」
「酷い!」
「どっちがだ!!」
とは言いながらも、クラークの生死を左右する指輪はベルトの中だ。それを取る為には彼から手を放さなければならない。
不注意一瞬。キス1分。
――割に合わん。
ブルースの葛藤が分かっているのだろう。相変わらず、ブルースがぎりぎり止められる程度の力でクラークは迫って来る。
もっとも、これは何時もの事だ。彼が問答無用の力を向ける事など、殆ど無い。それがまたブルースには腹立たしい。猫に捕まった鼠ではないか。
だがクラークは、思いがけずあっさりと言い放った。
「…分かった、だからリングは止めてくれ」
「本当に分かったのか?」
「ああ」
言葉を裏付けるようにクラークが上体を起こす。幕切れに少しばかり呆気なさを感じながら、ブルースは離れていく顔を見つめていた。
「こっちで我慢しておくよ」
手袋を着けた右手が引っ張られる。ブルースが跳ね除けるより早く、クラークはその手の甲に唇を当てていた。
中世騎士のような口付けを、闇夜の騎士は呆然と見つめる。
手から唇を離した鋼鉄の男は、青い瞳を綻ばせた。
「…これでようやく集中出来る」
誰もが見蕩れるその笑顔へ、ブルースは緑に光る指輪を突き付けた。
「遅れてごめんなさい。ちょっと騒ぎがあったものだから……あの、バットマン?」
「……何だ」
「また喧嘩したの?」
司令室へ入って来たダイアナを見もせず、ブルースは無言でパネルを叩く。ようやく押し出された答えは、「聞くな」だった。
2人の間にある机には、青いタイツの男が伸びていた。