SHINY MORNING

 フライパンに水を注ぐと、たちまち湯気が立った。激しい音と共に水が蒸発していく。ふっくらと蒸されるよう、すかさず蓋を閉める。
 目玉焼きの黄身は半熟派という彼の為に、蒸す時間を気にし出したのは、もう随分と前の話だ。彼の執事には及ばないだろうに、それでも律儀に毎回褒めてくれる。そんな気遣いと言葉があれば、料理にも愛情が篭ろうというものだ。
 今度は耐熱皿に肉を置く。コンロは塞がっているものの、もう1つ自前の火力があるのだ。焦がさないよう、そして皿まで溶かさぬよう慎重に目に力を入れ――
「クラーク?」
 かけた所で、その声が耳に届いた。
「今行く!」
 クラークはバスルームに向かって飛ぶように歩いた。狭い家の中だから、到着するのも瞬く間だ。
「どうかしたかい、ブルース?」
 鏡の前には、寝起きのままの格好をしたブルースが立っている。
「剃刀を忘れて来た。悪いが貸して貰えるか?」
「剃刀?」
「ああ。髭を剃る」
「……」
 少しばかり沈黙した後、クラークはああ、と声を上げた。
「そうか。髭剃り用の――」
「そうだ。別にシェーバーでも良いのだが」
「ブルース、ごめん」
 しまったな、と思いながらクラークは言う。
「家には無いんだよ」
「…じゃあ、何でお前は顔を当たっているんだ?」
「えーと、それはその……」
 洗面台に置いてある金属片を取り、クラークはブルースに示した。当然、ブルースは怪訝そうな顔をする。恐る恐るクラークは説明を始めた。
「僕の髭じゃ剃刀の方が負けてしまうから、こんな金属片にヒートビジョンを反射させて……早い話が、焼き切っているんだよ」
「焼き……」
 絶句したブルースの様子を見て、慌ててクラークは手を振る。
「い、いやでも、これ以外に方法がなくて!思春期の頃にこれを思い付くまで、包丁とかシャベルの先とか、全部試してみたんだけど、やっぱり駄目だったんだ!何十本も剃刀が無駄になったし、それ位ならちょっと抵抗あるけど焼き切った方が早いし」
 そこまで言って、クラークはぴたりと口を閉ざす。ほんの少し肩を落としながら、愚痴ともつかぬ何かを呟いてしまった。
「…やっぱり、気持ち悪いかな?」
「いや」
 即答とも言えるブルースからの返事に、え、とクラークは顔を上げた。
「どうって事は無いさ」
 そう言ってから、にやりとブルースは笑う。
「お前がヒートビジョンで湯を沸かす様を、初めて見た時に比べればな」
「あ、あれは…便利で、つい……」
 口ごもったクラークの頬に、ブルースが触れる。
「そう言う訳だ。気にするな。だが剃刀くらいは、カモフラージュ用に置いておけ」
「…うん」
 安堵から思わず微笑が零れる。唇を綻ばせたまま、クラークはブルースに軽く口付けた。啄ばむような、触れるだけのキスを何度か繰り返す。ブルースの伸びた髭が、時折ちくりと肌に当たるのも刺激的で、唇と唇が触れ合う時間は徐々に長くなっていった。
「……クラーク」
「ん、何だい?」
「焦げ臭くないか」
「あ」
――目玉焼き。
 クラークは慌てて駆け出す。その背後で、やれやれとブルースが首を振ったのにも気付かなかった。
「うわっ!」
 コンロに掛けられっ放しのフライパンからは、もうもうと黒煙が立ち込めている。警報機が鳴り出しかねない有様である。
 咄嗟に唇を窄めると、クラークは極寒の息を吐き出した。

「……で、これか」
「れ、レンジでチンしたらどうにかならないかな?」
「ならないだろう」
「あああ、勿体無い……」
 フライパンと共に、原型が分からぬほど凍り付いてしまった目玉焼きを、クラークは泣く泣く諦めたのだった。

前回が夕食中だったので、今回は朝のお話にしてみました。
どっちも普段から生活臭がしないので、日常話は書いていて楽しいです。

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