ケイブの飛行機を使えば、あっと言う間に着けただろう。しかし公的な出張の為に、バットマンの機器を使う訳にはいかない。
海外に出るのは珍しくないが、この国に、公的な用件で出張るのは久方振りだ。快適な空の旅を終えた後、窮屈な電車を乗り継ぎ、ブルースは街並みへと足を踏み入れる。
――随分と変わったな。
居並ぶ高層ビルと道路整理によって、修行の為に滞在していた折とは異なった空間が出来上がっている。
ここからホテルまでは遠くない。相次いだ乗り物に、体も外気を欲している。ブルースは荷物を下げたまま、ゆっくりと歩き始めた。
修行で滞在していた当時は、この辺りに来る暇など殆ど無かった。それでも、どことない懐かしさがブルースの胸に込み上げる。犯罪への怒りと無力感を、修行に叩き付けていた日々――
『宇宙人が』
唐突に耳に入ったその言葉に、ブルースははっと顔を上げた。
『地球に来てるんだって』
声を発していたのは、交差点近くのビル取り付けられた巨大な画面だ。どうやらニュースやCMを流しているらしい。
――襲撃して来たのかと思った。
その手の速報に気を遣っている所為で、異国の言葉にも反応してしまう。思わずブルースは苦笑を洩らした。
しかし宇宙人の来訪とは。一体どのようなCMなのだろう。気になって視線を向けたブルースは、次の瞬間、映し出された男に目を見開いた。
正しくは、その俳優の下に映し出された、文字に。
軽やかな通信音がタワー内に響く。ジョン=ジョーンズは素早く機器のスイッチを押すと共に、相手の素性も確認していた。
――この番号は、バットマンだな。
「こちらウオッチタワー」
『ジョンか?』
その声に、おや、とジョンは首を傾げた。普段の調子とは少し異なっている。
まるで何かに迷い、躊躇っているようだ。彼にしては珍しい。
「どうしたバットマン」
『突然すまないが、ジョン、1つだけ質問させてくれないか』
「何だ」
訝しく思いながらも、ジョンはそう促した。
僅かな沈黙の後に、問い掛けが返って来る。
『君は、日本で――缶コーヒーのCMに出演を?』
「………は?」
通信機の向こう、ブルースの視線の先には――地球の夜明けを賛美する、「宇宙人ジョーンズ」の姿があった。