「しっかしあれには驚いたよな」
「ああ、あれな」
以心伝心な会話にクラークは小さく笑みを漏らす。ちらりと肩越しに視線を向ければ、フラッシュとグリーンランタンの2人が、椅子を近付け話し合っている。
年が近く気質も合うらしい彼らは、こうして歓談をする事が良くあった。時としてはプラスチックマンが加わり、賑やかな空気に拍車が掛かる。そんな様子を微笑ましく嘉していたクラークは、取り出した事件ファイルを片手に円卓へと近付いた。
「今日は何の話だい?」
「あ、いや」
「皆で素性をばらし合いっこした事件だよ。あんたとバットマンには驚かされたなって」
おい、と言いたげにグリーンランタンが横目でフラッシュを睨む。ばつの悪そうな彼とは対照的に、軽やかに答えたスピードスターだったが、すぐに笑みが顔から消えた。
話の張本人であったクラークは、2人の様子に思わず頬を緩めた。
「ああ、あの一件か。皆随分と驚いていたな」
「そりゃそうだろ!」
「意外過ぎるじゃないか!特にほら――ゴッサムの、とかさ」
歯切れ悪くランタンが言う。そうそう、とフラッシュも腕を組んで頷いた。浮かべていた笑みを苦笑に変えながら、クラークはフラッシュの横にあった椅子に座る。
「確かに彼は少々有名人だからね」
「プラスチックマンなんて目玉飛び出してなかったか?」
「床に顎が落ちてたぞ。……でも気持ちも分かるよな」
溜息を吐きながら、ランタンが椅子の背もたれに体重を掛ける。同じく溜息を吐くフラッシュは、円卓の方に体を預けた。
「大富豪ランクじゃ3位以内には入るもんな。凄過ぎて私生活とか全然検討が付かないって」
「とりあえず風呂は泡風呂なんじゃないか?」
「いや、薔薇風呂だろそこは」
――普通だったけど。
内心でそう一人ごちながら、クラークは黙って耳を傾ける。少なくともクラークがウェイン邸の浴室を使った際は普通の風呂だった。ただし、大きさはローマの公衆浴場並みの。
しかしいかんせん、ブルースは「浴室ではリラックスしたい」との主張を持っており、クラークと一緒に入った事が無い。案外1人の時は泡風呂なり薔薇風呂なりを満喫しているかもしれない。
クラークが今度確かめてみようと思っている内に、青年2人のお金持ちイメージ談義はエスカレートしていったらしい。身振り手振りも大きく、フラッシュが常より早く舌を動かす。
「…でさ、上がった後は体を拭いて、タオルだけで自分の部屋に行くって言うんだぜその大富豪!」
「おいおいおい、どんな番組だそれ!てかそいつそのまま全裸で生活してるんじゃないか?!」
「ありえねー!…でもランタン、バットマンなら、ほら、その……」
「…ヌーディストか」
それを最後に沈黙が訪れる。指で顎を挟み、首を傾げるランタンに、クラークは何だか嫌な予感を覚えた。
「い、いや流石に彼でも、そう言う特殊な嗜好は……」
「有り得るな」
断定口調に思わずクラークは固まってしまう。そんな彼を尻目に、ランタンとフラッシュは更なる会話の発展を開始し始めた。
「やっぱりストレス溜まるから、どっか捌け口が無いと……」
「うんうん、それで脱ぐんだよ」
「ああでも、バットマンが全裸でブラブラしているのはちょっと違和感無いか?」
「そ、そうさグリーンランタン」
眉根を寄せたランタンに、良くぞ言ってくれたとクラークは安堵したが、しかしそれにはまだ早かった。
「裸は寝る時ってのが相応しいと思うぞ、俺は」
真面目極まりない口調で言う彼に、フラッシュがぱっと顔を輝かせ身を乗り出した。
「あれか!シャネルの5番ってやつか!」
「そうそうそう、シーツの海に全裸でダイブ!」
「ベッドには花弁が敷き詰めてあったりするんだろ!」
「全裸でそれか!意外とロマンチストだなバットマン!」
そこでとうとうクラークは立ち上がった。座っていた椅子が部屋の隅に向けて飛ぶように転がる。
しかしそちらに目もくれず、彼は荒ぶる激情に身を任せ、言った。
「ブルースはちゃんと下着を穿いて寝ている!」
椅子が、最後の1回転をして壁にぶつかった。その音でようやく、クラークは自分の発言と、呆然と見上げる2人の視線に気が付いた。
「や、い、いや、その、ぼ、僕は憶測だけで物事を言ってはいけないと、そう言う事を」
「何で知ってるんだ?」
「泊まったりしてんの?」
「どうして熱く叫んだんだ?」
「バットマンの寝る時の格好にこだわりとかあんの?」
――あります。
なんて答えられる訳が無い。
まじまじと仰いで来る2つの視線が、言い逃れの道を遮断していく。うろたえるクラークの元に、その時更なる質問が舞い降りた。
「…私も聞きたい事があるのだが」
――まさか。
響く重低音にさては本人かと、身構えつつクラークは振り返った。
だがそこに立っているのは、幸いにして闇夜の騎士ではない。緑の肌持つ火星からやって来た男だった。
「ジョン」
「どうした?聞きたい事って?」
ジョン=ジョーンズが歩く度に紺碧のケープが揺れる。その爽やかさに救われた思いで、クラークはひっそりと息を吐いた。だがジョンは立ち止まると、こう言った。
「私もだ」
「え?」
「私も眠る時は全裸なのだが、それは――可笑しいのか?」
今度固まったのはクラークばかりでなく、その場の空気全体だった。
ジョンの頬が薄っすらピンク色に見えるのは、決して目の錯覚ではあるまい。何と答えたものかとクラークは視線を動かす。フラッシュの口元が引きつっているのは、笑みを堪える為か、それとも困惑に捕われている為か、クラークには分からなかった。
「えっと……」
異星人の先輩としてどうにか説明すべく、クラークは言葉を躓かせながらも口を動かした。一斉に、今度は3人に増えた視線が集まる。
「その、文化の違いもあるだろうけど、僕らが属している文化ではそう言った行為は、だね」
「駄目か」
「いや、駄目じゃないさ!駄目じゃないけれど、少し……変わっていると言う風に捉えられるな」
「で、でもなジョン!あんたは今だって詰まる所全裸な訳だし、別に元の姿に戻るってだけなら気にしないでも良いと思うぜ!」
フラッシュが横から、やや論理の破綻したフォローを入れる。そう、とグリーンランタンもつられるように頷いた。
「そうだ、フラッシュの言う通りさマンハンター。それにスーパーマンの言う文化の違いだってあるからな!」
「地球人に変身する時は、気を付けた方が良いって位かな!」
それぞれ言い募る3人を等分に見比べてから、ジョンは納得したのか、こっくりと顎を引いた。
「分かった。説明してくれてありがとう。今度から気を付けよう」
「いや、役立てて良かったよ」
差し出されたジョンの固い手を握るクラークに、それから、フラッシュとランタンはもう何も問い質そうとしなかった。
だがクラークの中に浮かんだとある疑問は、着実に芽を吹き育ち、止まる事を知らなかった。
「ブルース!」
シフトが終わりゴッサムへ戻ろうとする、その肩を捕まえる。クラークが声を掛けるより早く、その存在を感知していたろうに、振り返った顔にはどこか驚くような色が浮かんでいた。
「…騒がしいな、どうした?」
何時に無く強いクラークの視線にたじろいだのか、口を開くまでに少し間が生まれている。気付きながらも掴んだ肩はそのままに、クラークは語気を鎮めながら問うた。
「君は、君には」
「うん?」
「裸で邸宅を歩き回るような趣味は無いだろう?不安なんだ、もし僕がいる時にはそれを抑えているのだとしたら、なんて思うと、居ても立ってもいられなくなっ」
「よし分かった、2度と私の家に来るな」
そう爽やかに笑んだ闇夜の騎士は、鋼鉄の男の手を取り肩を取り――
「…あれ、もしかして今、揺れた?」
「ああ。月にも地震なんてあるんだな」
壁に激突し張り付いたクラークの背後を、ブルースは靴音高く通り過ぎていった。