わんわん狂騒曲

 ブルースが実家に遊びに来た。
 ――と言うのは分かっていると思うが、嘘だ。僕が無理矢理スモールビルに連れて来た。
 肝心の話も済み、朝から人助けもしてしまった。のんびりしても支障はない。僕は休みの日だし、ブルースと言えば年がら年中休みのようなものだ。ただし、昼間に限るが。

「だからと言ってだ、クラーク」
 僕の両親の前では見せなかった仏頂面を浮かべて、ブルースは言った。
「私は何故、未だにお前とここにいる?」
「すぐ帰るなんてつまらないじゃないか」
 爽やかな朝の風が吹く。スモールビルは今日も晴れだ。
「服も貸したんだし、もう少しいよう。休暇には持って来いだ」
「朝食と服には感謝するがな。私は好きでここに来た訳じゃ」
「あ、スキップ!」
 ブルースの言葉が終わる前に、愛犬のスキップが向こうから駆けて来る。良いタイミングだ。流石は僕の愛犬。
「…お前の飼い犬なのか?」
「そうだよ。昔からの友達さ」
 白い体毛に茶色のブチを持つスキップは、口に赤いボールを咥えていた。僕の前にそれを落としてから尻尾を何度も振る。遊んで欲しいらしい。
「仕方ないな。1回だけだぞ?」
 力を入れずに軽くボールを投げる。わん!と叫んでから、スキップは夢中でそれを追い始めた。
「せめて昼食まで」
 あえてブルースは見ないで、僕は言った。
「一緒にいてくれないか?」
「……昼食の時間までだぞ」
 拗ねた子供のような答えが可愛い。笑って頷いた僕の足元に、戻って来たスキップが再びボールを落とした。
「よーし良い子だ。…ああ、ちょっと倉庫からリードを持って来るよ。君も犬好きだったよね?」
 随分前、猫より犬の方が好きだ、と彼は言っていた。
「まあな」
「散歩するのは好きかい?」
「それなりだな」
「じゃあ行こう。待っていてくれ」
 僕はすぐ側の倉庫へと走った。と言っても、並みのスピードで。
 スキップには普段リードを付けていない。朝の散歩は広い敷地内を走らせるだけで事足りるのだ。リードはいつも倉庫で埃を被っていた。
「あれ」
 ただ僕も、久し振りの帰省で勘が狂っていたらしい。倉庫には鍵が掛かっていた。僕はと言えば、勿論、鍵を持っていない。
 僕はブルースの所へ戻った。今度は目にも留まらぬスピードで。

「ごめんブルース、ちょっと家に行って鍵を」
「そぉーっれ取って来ーーい!」

 わんわんわん!とスキップが鳴いて、美しい放物線を追いかけていった。
 僕はと言えば、余りにも爽やかで楽しげな声に――呆然と突っ立っていた。
 僕の声に振り返ったブルースは、僕にも見せた事のない満面の笑顔のまま――固まった。

「………な」
 誇らしげにボールを持って来たスキップが、ブルースの足元をぐるぐる回る。
 視線を僕に向けたまま、ブルースはスキップの頭や首を撫で回す。手馴れた、しかし愛情たっぷりの仕草だ。心地良さそうにスキップは尻尾を振っている。

「し、仕方がないだろう!こいつがボールを咥えて見つめて来るんだ、つぶらな瞳で!それはそれは遊んで欲しそうだったんだぞ?!か、構ってやらないと…構ってやらないといけない気持ちになるだろうが!」
「ブルース……」
 真っ赤になって喋りながらも、彼の手はやっぱりしっかりスキップを撫でている。
 何と言って良いのか分からなかったが、それでも僕は思わずこう言っていた。

「本当に、犬が大好きなんだね、ブルース……」
「!」
 彼はくるりと踵を返し、僕に背を向けると―― 一目散に走り出した。

「ちょっ、ブルース!何で逃げるんだ?!」
「ゴッサムに帰る!」
「徒歩じゃ何日掛かると思ってるんだー!」
 走り去る背中をスキップと共に追いかけながら、僕の頬は少々、緩んでいたと思う。
その日は彼の意思を尊重して、早めにゴッサムへと送り届けた。

スキップは超人アニメのTPBで出て来た、昔の飼い犬の名前です。
ブルースはたまに誘惑に負けて、蝙蝠の格好で犬を撫で回していると良い。

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