音楽狂時代

 一体幾つの“開かずの間”があるのだろう。いやアルフレッドの事だから、月に1度は換気なり掃除なり、どの部屋だろうと行っているのだろうが。

『収集品の手入れをしていた。…良ければ見るか?』
 その声に好奇心をそそられ、ブルースの後を追ったのが数分前である。いつもならば居座ってしまうブルースの部屋は、遥か背後へと過ぎ去って久しい。
 これほど奥へ入り込むのも珍しいと、ついクラークは周囲を見渡してしまう。同じ作りのドアが、幾つも立ち並ぶ様は壮観だ。維持費だけでも一財産は掛かるだろう。その持ち主であるブルースは、ようやくあるドアの前で足を止めた。
「ここだ」
「……うわぁ」
 ウェイン邸に何が――例えばミケランジェロの彫刻やアフリカ象――があっても驚かない、と思っていたクラークだが、予想だにしない光景に思わず声が上がる。
「君、バンドでもやっていたのかい?」
 楽器店さながらに壁を覆う、色も種類もとりどりのギター。誘われるように足を踏み入れ、良く見てみると、ベースも壁の一角を占めている。床にどっかり腰を据えているのは、ドラムのセットとシンセサイザーだ。
「人前での演奏は経験が無い。暇な時に弾いていただけだ」
「…まさか、これ、全部君の持ち物?」
「預かり物も幾つかある。が…そうだな、9割方は私物だ」
 まさかこんな趣味があったとは知らなかった。感嘆の吐息を溢してから、クラークはじっくり壁の品に見入る。音楽に造詣が深い訳ではないが、学校時代は、テレビやラジオから流れる音に聞き入っていた。大多数の者と同じく、それはちょっとした憧れで終わってしまったが――
「これの手入れか…時間が掛かるだろうね」
「それなりにな。日頃から少しずつでも、手入れ出来れば良いのだが」
 “仕事”との兼ね合いで上手くいかないのだろう。ましてやこの量だ。納得してクラークは頷きかけたが、ふとある事に気付き、ブルースの横顔に視線を当てる。
「音楽が趣味だったなんて、今まで言ってくれなかったじゃないか」
 どうして?とまでは言わず、しかし首を傾げる。ブルースは瞳を無数の楽器に向けたまま答えた。
「趣味と呼べるような物ではなかったからな」
「腕前が?」
「始めた動機が」
 長い指が伸び、臙脂色をしたギターの弦に触れる。
「静けさに耐えられなかった時期があったんだ。この屋敷には私とアルフレッドしかいないから、否が応にもひっそりしている。学校でも1人で、周囲の賑やかさから離れていた」
「それで、音楽を始めたのか」
 ブルースが昔の事を話すのは珍しい。もっと教えて欲しいと、急き込みそうになるのを堪え、クラークは相槌を打った。
「ああ。喧しい位が、聴くにも弾くにも丁度良かった……」
 ふと白い顔に苦笑が上る。ブルースはようやくクラークに視線を移した。
「15,6歳から始って、大学にいる時もしばらく続いたよ。今考えると思春期だったかもしれないな」
「…僕もその時期は音楽に走っていたよ」
 ラジオで気に入っている歌が流れて、父の手伝いを忘れた事もあった。暴力的な音や歌詞は嫌いだったが、それでも自分では決して吐けない雑言を叫ぶミュージシャンに、ほんの少しながら羨望を感じた事もある。
 その頃の自分と同い年のブルースが、両親の喪失や諸々の苛立ちを、楽器にぶつけている様が何となく想像出来た。濃い影を瞳に宿しながら、指を痛めるほど強く弦を弾く、その姿が――。
「そんな年だった、という事か」
 ブルースが目元を細める。その昔を思い返すような微笑に、クラークも思わず笑い返した。
「気が向いたら聞かせてくれるかい?」
「言っておくが、下手だぞ」
「構わないよ。君が弾く所を見たいんだ」
 その姿が10年以上前のものより、ずっと和らいでいるといい。そう思いながら、クラークは片目を瞑った。

流石に坊ちゃまがシャウトするとは思いませんが、結構激しい曲が好きそう。
……ヘビメタとか?

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