クラークが触れるのを躊躇っている内に、ブルースはさっさとCDの取り出し口を開いていた。
「あああブルース!買ったばっかりなんだから、もっと優しく使わなきゃ……!」
「壊れないよう注意して扱っている。安心しろ」
「だからって…ほら、取り出し口に指紋が!」
「検挙される心配でもしているのか?」
「そういう問題じゃなくてさ……」
こんな所は大雑把だよね、ともごもごクラークが呟いても、ブルースは知らん顔を通した。CDをコンポの中に入れ終え、再生ボタンを押すと、ソファへとさっさと歩み寄る。
メタリックグレーと黒で彩られた最新のコンポは、クラークと話をしてから3日後に買った品物である。ケイブに行けばCDやMDの10枚は軽く再生出来るが、邸に置いてあった品は既に、時の流れをCDの登場前で止めてしまっていたのだ。
その現状とコンポ購入をクラークに話すと、君らしいよと笑われた。どういう意味だとブルースが切り返す間もなく、彼はじゃあ聞きに行こうと続けて来たのである。
――それからが大変だった。
幸い、機器も時間もあったのだが、聞く物が無かったのだ。
バーバラが大量に置いていったCD。鋼鉄の男と世界最高の探偵が、1時間掛けても見付からなかった代物を、アルフレッドは2分で見付けて来た。脱力した。
どれが良い、あれが嫌だと議論する気力も無いまま、適当に選んだCDは、オムニバス形式のアルバムだった。その薄いピンク色のパッケージを手に取り、クラークもブルースの座るソファへと歩いて来る。
「彼女もこんなの聴くんだな……あ」
クラークがソファに辿り着く前に、ギターの音が流れ出した。
「聞き覚えがあるのか?」
「うん。歌が始まったら君にも分かるよ」
ブルースの横に腰掛けてから、クラークは答える。
穏やかで軽いギターの音に、男の低い声が被さる。わざとらしくない色香が篭った声に、ああ、とブルースは声を上げた。思わず上体を起こしてしまう。
「分かった。彼だろ、あのギターの!」
「そうそう、ギターの彼だよ!えーっと」
2人は顔を見合わせ、高らかに声を揃えた。
「クリプトン!!」
「……違うな」
「……うん、絶対違うね」
パッケージの裏を見れば一目瞭然だろうが、それは悔しいのでどちらも口に出さない。喉まで出て来ている人名を取り出すべく、2人は耳を傾けながら首を傾けた。
「眼鏡を掛けていた事は覚えているのだが……」
「僕も、髪が短かったのは覚えているんだけど……」
ぶつぶつ呟くが、しかしどちらも、曲に惹き入っていく。次第に私語は止み、優しい音と円熟した歌声だけが部屋に響いていった。
ブルースは歌詞カードを手にした。なるべく作詞作曲の部分は見ないように気を付けて、歌詞の半ばから文字を追っていく。甘ったるいとも言えそうな言葉の連なりが、曲に乗ると嫌らしさが消え、ひたむきな思いに聞こえるのが不思議だ。
聞き逃した最初の部分に目を通したところで、ブルースは眉をひそめる。
「良い曲だよね」
「…そうだな」
聞き覚えのあるサビが流れていった。もしも、と繰り返して、歌声は1度途切れる。ギターの旋律が再び主役となっても、ブルースの眉間の皺は薄れない。
「…ブルース、どうかしたかい?」
「何故だ」
「眉間に皺が寄ってるよ」
「…誰かを思い出させる曲だからな」
え?と聞き返すクラークに、ブルースは歌詞カードを手渡した。
「お前なら、実際に出来る事ばかりだろう」
もしも、星に手が届くなら。もしも、世界が変えられるなら――
「そうでもないよ」
ごく自然に、ブルースの肩に手が回される。驚きに瞬くブルースへと顔を寄せ、クラークは囁く。歌の邪魔にならない小声ではあるが、注意力を奪うには十分だ。耳に掛かった声と吐息に、ほんの少し、ブルースは身を硬くする。
「星はともかく、僕1人に世界を変えられる力なんて無いし……それに世界を変えられても、君の頑固さは変えられないからね。“君の世界の光になる”のは至難の技さ」
そう言ってクラークは、いつもの明るい笑顔を浮かべる。
――そうでもない。
ブルースの密かな反論に気付かぬまま、クラークがコンポに顔を向ける。曲はどうやら佳境に入ったようだ。
世界が変えられなくとも、誰かの光になって真実を照らす事は可能らしい。そんな事をブルースは考えながら、未だに名前が出てこない歌手の声に、黙って耳を傾けていた。