「映った……!」
青一色だったテレビが一転、DVDプレーヤーの待機画面を映し出す。1時間以上掛けてプレーヤーと格闘して来た者にとっては、まさに人類誕生の瞬間とも相並ぶ感動的な場面であった。大写しになったロゴが涙で滲んで見えない。クラークは思わず眼鏡を取り、目頭をそっと押さえてしまった。
「…クラーク」
だがしかし、北極に吹く風よりもなお冷たい声音が、瞳から熱を奪い去っていく。
ゆっくりと、なるべくゆっくりと目から指を離し、クラークは横に立つブルースへ顔を向ける。いつもなら水晶の象嵌を思わせる、灰がかった青い瞳が、金属めいて硬質な輝きを放っていた。
「テレビとのコードならば私も譲ろう。だが」
「え、ええとじゃあコーヒーでも飲もうか!」
「待て」
踵を返したクラークのシャツの裾を、ブルースが逸早く捕らえる。フラッシュも顔負けの早さだ。流石は、と心中で呟き終えるよりも早く、怒れる闇夜の騎士の叱責が轟いた。
「どうやったら肝心のコンセントを入れ忘れるんだ?!」
「つ、ついうっかり」
「うっかりで済むならユーティリティベルトは要らん」
わざわざ鞄から出した万能ベルトをブルースは取り上げる。爆弾解体に有効なそれも、流石にコンセントの差し忘れまでは治せない。思わずクラークは肩を丸めた。
「その、本当にごめん」
中古で買ったDVDプレーヤーがどうしても動かないと、貴重な時間を費やしてしまった事にはクラークとて反省している。忙しいブルースの手を煩わせた罪悪感も手伝って、謝罪の言葉はすんなりと喉を突いて来た。僅かに項垂れるとセットが崩れて来たのか、癖の戻った前髪が一房、つられるように額に掛かった。
腕を組んでいたブルースは、しばし黙ってからふいと視線を逸らした。
「分かった。…確かめなかった私もまだ未熟だな」
「そんな!」
首を振るブルースの肩をクラークはがっしりと掴んだ。ブルースが目を見開く。慌ててすぐ手を離したが、行き場の無くなったそれをどこにやれば良いのか。戸惑いながら結局いつもの“ケント”のように、胸の前で指を組み合わせた。
「だ、だってほら、悪いのは僕だよ。折角遊び……いや、来て貰ったのに、すぐ修理をお願いしてしまったしね」
「それは、気を遣うなと言った筈だぞ」
「いや、でも――ごめん。あと、ありがとう」
謝礼の言葉に再びブルースが視線を逸らした。これ以上何をどう話そうと考えを巡らせながら、クラークは悪戯に視線をさ迷わせる。だが先に話の糸口を見付けたのはブルースの方だった。
「それは?」
机の上に横たわる黒い袋へと、長い指が伸びる。ああ、とクラークは会話が再開出来た事に安堵しながらそれを取り上げた。
「近所で借りて来たDVDだよ。その、出来れば……見ようかなと思って」
「なら見るか」
君と、と言う部分を呑み込んで答えるクラークに、いとも軽くブルースは頷く。先程の気まずさが吹き飛ぶような思いでクラークも頷き、中からDVDを取り出した。
ようやく使用可能になったプレーヤーに屈み、セットする。画面は無事に映画会社のロゴへと移行した。思わず笑って振り返るクラークに、椅子に腰掛けたブルースも小さな笑みを唇に浮かべる。だがふと、その目に問い掛けるような影が過ぎった。
「…しかしお前がDVDプレーヤーを買うとはな、どう言う風の吹き回しだ?」
「え」
ぎくりと肩が強張る。途端にブルースの眉が少し曇った。落ち着け、落ち着くんだ、と自分に言い聞かせながら、クラークは前々もって考えていた言い訳を答えようと口を開く。
「ええと、その」
上擦った声に折良くオープニングの激しい音楽が重なる。ブルースの目がそちらに移った。
「リモコンはどこだ?」
「ここだよ。少し下げるね」
音量を下げる間に息を整える事が出来た。ブルースの横へと自分用の椅子を持って行き、腰掛けてからクラークは答えを口にする。
「仕事用のつもりだったんだ。最近は社でも使う機会が増えたからね」
「そうか。確かに近頃はビデオよりも量が増えたな」
何の疑念も抱かない様子でブルースが言う。深く腰を掛け直す彼を眺めながら、クラークはひっそりと微笑んだ。
――本当の理由は他にあるんだけれど。
自分と2人きりで出掛けられない彼の為に。
ある日を除いて映画館には行こうとしない、彼の為に。
こんな事は絶対に言えない。薄い微笑みを咳払いで消すと、クラークもまた画面に注意を振り向け始めた。