オレンジの灯りで輪郭がぼやけた室内を、縦横無尽に寒気は走った。日差し降り注ぐ昼間であれば胸一杯に吸い込みもするが、今は重たい雲が月をも閉ざす真夜中だ。寒さを爽やかと受け止められる刻限は、とうの昔に過ぎている。
なのに部屋の主は窓を閉めようとせず、悠々と湿った髪を秋風に弄らせている。そればかりかグラスを傾け、冷たい水を喉へと流している最中だ。
「ブルース」
長椅子に腰掛けたまま、クラークは極力穏やかな声で言った。
「そろそろ窓を閉めないか?」
「このままで良い」
「だけどもう遅い時間だ」
「その時間に飛んで来ておいて」
最後の一滴を干してから、ブルースはクラークにようやく目を向けた。
「何を言う?」
「それは、その、開けさせたのは確かに僕だけど」
長い指がグラスを机の上に置いた。風に乗ったその音は、妙に高くクラークの耳に届く。心中で言葉を拾う彼を、まるで嘲笑うように。
「…寒いじゃないか。せめて、ほら、もっと厚着をするとか」
「別に。修行地の冬はこんな物では無かったぞ」
さらりと答えてブルースは腕を組む。彼からこちらに近付く気は無いらしいと知って、距離を詰めるべくクラークは立ち上がった。腕を伸ばせば触れられるか否か、と言う位置に立ってブルースを眺める。風呂上りの濡れた髪が、鴉の羽根よりもなお黒々と輝いていた。
風邪を引くよ、などと言えば機嫌を損ねるに決まっている。迷うクラークに向けられる瑠璃紺の瞳は、どこか楽しそうな輝きを帯びていた。
「…僕も寒いんだ」
「お前も嘘を吐くんだな、クラーク」
「嘘じゃないよ」
そう答えても、これで2度目の嘘だとブルースは微笑する。目を細める事の無い挑発的な笑みだ。自分が放っておけないと知っているのだ。クラークは密かに歯噛みした。
「正直に言えば良い。どうせ私の体が心配だとか、そう言う事なのだろう?」
弾むような響きの声が、とうとうクラークに鋼鉄の我慢の糸を手放させる。
「ああ、そうさ」
頷くと同時に手を伸ばし、ブルースの腕を掴んだ。常よりも熱い体温と、ふっと寄せられた濃い眉が、クラークの喉から声を押し出させる。
「君の言う通りだよ。気がおかしくなりそうだ」
「そこまで言う程の事か?」
「だって目のやり場に困るじゃないか!」
「…やり場だと?」
問い掛けに答えぬまま、クラークはとうとう視線を落とす。先程からなるべく見ないように、見ないようにと心掛けていた部分――短いガウンの裾から伸びる、ブルースの向き出しの脚へと。
「何で君はそんなに短いガウンばかり着るんだ?!見ていて寒そうだし、寒いから体に悪いし、それに、それに、それに――」
「それに?」
「僕が我慢出来ない。だから君の体がとても心配だ」
「そうか。なら窓を閉めよう」
即座に答えてブルースは窓を閉めた。
勿論窓が閉まるより早く、部屋から閉め出された鋼鉄の男は、結局その夜をテラスで過ごす事となった。
ENDURANCE
アニメ版蝙蝠のガウンは短い。実に短い。
ただでさえセクシー太腿だというのに、困ったものですありがたや。
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