「クラーク、少し頼みがあるのだが」
「え?」
声を掛けるとすぐに肩口へと寄って来たクラークに、ブルースは手にしたメモを掲げてみせた。
「タワーのデータベース製作に資料が足りない。新聞記事の切り抜きか何か、貸してくれないか?」
「新聞か。何年前のが必要なんだ?」
クラークが軽く首を捻りながら問う。手にしたメモを見つつブルースは答えた。
「7年前の4月から5年前の12月に掛けてだ。私も持っていたのだが、折り悪く製本作業中でな……」
「そうか。…うん、その時期なら多分持っているよ。明日にでも渡せる」
快く微笑むクラークに、ブルースはほっとして頷き返す。流石は新聞記者だ。
「すまん、頼む」
「場所はここが?」
「そうだな。時間も……今頃で良いか?」
「ああ」
今度も躊躇い無くクラークは頷いた。予定が合うとは幸いだ。日付の書いたメモをクラークに渡してから、再びブルースは眼前の作業に没頭していった。
次の日になって現れたクラークは、カバーに包まれたスクラップブックを3冊手にしていた。カバーの背中は僅かに日焼けしていたが、それでもしっかりと日付は読み取れる。丁度メモに当てはまる時期のものだ。
「分からない事があったら遠慮なく聞いてくれ。今日はずっとここで監視業務だからね」
「ああ、ありがとう」
すんなり口から礼の言葉が出る。コンピュータ前の椅子に座ると、ブルースは2冊を傍らに置き、1冊をカバーから取り出した。膝に乗せると充実した重みが掛かる。読み応えがありそうだ。
開いた1ページ目には写真が無い。切り抜き自体も小さかった。が、ブルースはある見出しで思わず目を見張った。
『ウェイン家の御曹司ゴッサムに帰還』――
どう見ても自分の記事ではないか。他の記事もみな、それに関連した事が載ってある。偶然もあるものだと思いながら、ブルースは詳しく見ずに次のページを開いた。
今度は小さな写真が載ってある。どれ、と思い覗き込むと、またしても目を疑うような見出しだった――『酒乱大富豪、屋敷を焼く』。
3ページ目は『ウェイン邸大改築、酒乱の末に』。4ページ目は『元酒乱の御曹司、再びウェイン社のトップに』。それには自分の顔写真も載っていた。
5ページ目も6ページ目も、7ページ目も8ページ目も9ページ目も、それから先も、ずっと載っているのはブルースの記事か写真ばかりだ。
テニスコートでの写真のみがページを埋めている辺りで、ようやくブルースは手を止めた。
「…クラーク」
「どうだい、役にたてそうかな?」
低い低い声音も気にせずに、クラークはいつも通り近寄って来る。相変わらずの輝くような笑みへ、ブルースはスクラップブックをぶつけんとばかりに突き付けた。
「これは何だ?!」
「何だ、って僕のスクラップ……ああー!」
「ああーじゃない!」
すっとんきょうな悲鳴を上げたクラークは、しかし悪びれる事なくスクラップブックを指差した。
「これ、君専用のアルバムじゃないか!こんな所にあったのかい?」
「私に聞くな!と言うかアルバムとはなん」
「大事に大事にしていた秘蔵の品なんだよ!ありがとうブルース!」
「ええい引っ付くな!」
満面の笑みで飛び込んで来たクラークを、ブルースはスクラップブックこと“君専用アルバム”で押し返した。だが矢張り、クラークはこれしきの事ではめげない。無駄と分かりながらもブルースは言葉の牽制球を投げた。
「それに秘蔵の品ほど大事な代物なら、ちゃんと保管しておけ!どうして無くすんだ!」
「……!」
その叫びに、クラークは雷に打たれたように立ち竦んだ。牽制は珍しく成功したらしい。ほっと安堵してアルバムを引き寄せながら、しかしブルースは凍て付いたままのクラークに眉を顰める。
「おい、クラーク?」
「確かにそうだ……」
「は?」
「大切な君を見失うなんて……どうか馬鹿な僕を許してくれブルース。2度とこんな事を起こさないと誓うよ!」
「それは別の事に誓えー!」
もしかしてもう2冊も秘蔵の品とやらなのだろうか。それだけは勘弁だと思いながら、ブルースはクラークの再接近を防ぐべく、手の中のアルバムを振り回すのだった。