ロッカールーム秘抄

「…いや、驚いたよ。いきなり自爆するなんて思ってもみなかった」
「最初からそれが狙いだったのだろう」
 無残に飛び散った機械の断片をプレートに乗せながら、ブルースはクラークに頷いてみせた。
 1時間ほど前にメトロポリスを襲ったロボットの軍隊は、勿論その街のヒーローであるスーパーマンと、彼の盟友たるジャスティス・リーグによって取り押さえられた。機関銃を携帯した6ダースものロボット群は、2週間前にレックス・コープから持ち出された“開発中の介護ロボット”であったと言う。

『これは科学技術に対する大いなる冒涜です。私は決して脅迫に屈しません!これからもレックス・コープは輝かしい未来への発展に向けて、より一層の努力に励む所存です』

 緊急会見でルーサーの額に浮いていた青筋は、果たして熱弁から来るものか、それともスーパーマン抹殺に失敗した激怒からか。ブルースには推理する必要も無かった。電源を切る代わりに音量を消したモニターの隅では、未だにルーサーが拳を振り上げている。
「今月に入ってからこれで4度目だよ。いい加減新製品のモニター代が欲しい所だな」
「お前ならそれで一財産稼げるぞ」
 肝心のロボットは全て自爆したが、僅かな破片ばかりは残っている。その標本を機械の収納口に入れるとブルースは振り返った。クラークが眉を寄せながら見返して来る。
「止めてくれ。…洒落にならない」
 真剣な顔で呟くクラークに思わず苦笑が浮かぶ。だがすぐに唇を噛んでそれを殺し、椅子から立ち上がった。
「確かにな。それで、今日の活動はどうするつもりだ?」
「活動って?」
 クラークが無邪気に大きな目を瞬かせる。その背中にブルースは手を伸ばした。いつもよりずっと上、肩甲骨の辺りで焼かれ千切れてしまったケープの裾を、軽く引っ張る。
「これだ」
「ああ」
 肩越しに振り向いた瞳が、ようやく困ったような色を滲ませた。
「要塞に帰って取り替えか?」
「そうしたいのは山々だけど……もうすぐ取材なんだ。ケープを外してそのまま行くよ」
 このままシャツを着ても焦げ臭いだろうし、と苦笑してクラークは肩からするりとケープを外す。ブルースの手の内に入り込んだそれは、無残にくたりと萎れてしまった。内ポケットは辛うじて焼失の危機を免れたらしく、指先が厚い眼鏡の感触を伝えて来る。クラークにケープの残骸を渡しながら、ブルースはそっと彼のむき出しになった後姿に視線を這わせた。
 当然ながら広い背中から締まった腰、太腿までが丸見えになっている。クラークが身動ぎする度に、くっきりと筋肉の線が浮かび上がり、ぎゅうっとタイツに皺が寄った。
 無論それは日頃から見慣れている情景だが、しかしケープに覆われていない後姿を見る機会など余り無い。自分のように彼と似た格好をした者でさえ、物珍しさを覚えるならば、恐らく一般市民では尚更――
「どうかしたのかい?」
「……いや」
 不意に現れた夏空そのままな色に、ブルースは一瞬言葉を忘れた。まるで自分が不埒な手合いのようだと、顔に上る熱を引かせる為にも首を振る。
「何でもない」
 モニターでは相変わらず、ルーサーが誠実そうな熱い眼差しを視聴者に送っていた。



 それから2週間後。
 新たに作られたロッカールームが、果たしてどのような経緯で発案されたのか――そこまで思いを巡らせる人物は、幸いにも誰1人としていなかったと言う。

最初にアクションシーンを入れていたら無駄に長くなったので割愛。
蝙蝠はこっそり心配して堂々と凄い対策をしてくれると思います。

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