TEA OR … ?

「紅茶も良いね」
今まで余り飲まなかったけど、と言ってクラークはカップに口を付けた。そこから立ち上る白い湯気が、分厚いレンズを薄っすらと曇らせる。
「でも君はコーヒー党だと思っていたよ」
「家にいる時は紅茶党だ」
繊細なカップの持ち手に指を滑らせブルースは答える。納得したようにクラークが頷いた。
「アルフレッドに教わって?」
「ああ。…コーヒーばかり飲むと胃が荒れる、と言って聞かないんだ」
深夜の散歩が続いた日には、いつもそう遠回しに休む事を薦めて来る。頼めば出ない事もないが、南米の奥地で魔術師が煮詰めたようなブラックと相場は決まっているのだ。あの痛いほどの苦さが舌に甦り、ブルースは思わず眉を寄せた。
「ブルース?」
「いや、何でもない。…余り飲まないと言ったが、コーヒー党か?」
「え、うん、まあ、それなりに」
言葉を濁し、クラークはテーブルに置いてある花瓶へと視線を逸らした。カップを持つ指に少しばかり力が入っている。飛んで行った視線を追い掛けるようにブルースは首を傾げた。
「それなりに?」
「その、インスタントばかりで、銘柄なんて余り知らないからね。…それに」
視線ばかりではなく、顔まで横に向け始めたクラークを追い、ブルースは体を斜めに曲げた。しかしなおも逃げ行く彼の目線に、ふとブルースはある事に思い当たった。
「…それに、コーヒー党と言うよりは牛乳派か」
「な」
かちゃん、と口を開けたクラークがカップを置く。その音の高さに自分でも驚いたのだろう。慌ててカップを確かめる彼に、成る程とブルースは頷いた。
「今度からは温かい牛乳を出そう」
「い、いいよ!」
「冷えている方が良いか?」
「そうじゃなくて!」
「ああ、スモールビル産以外は飲まないと」
「違うんだー!」
必死で手を振り否定するクラークを、ブルースはしばらく紅茶を味わう事も忘れてからかい続けた。


それから間も無く、ウェイン邸には週に1度、ケント農場の絞り立てミルクが届くようになったと言う。

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