洞窟中に響く蝙蝠達の鳴き声を気にもせず、乾いた指先をジェイソンはじっと見下ろしていた。
アルフレッドが昔から作っていた、と言う特製クリームは、生憎とジェイソンの肌には合わなかった。熱を帯びたような痺れと痒みが指に常駐し、居ても立ってもいられなかったのだ。
結局何も塗れなかった指先は、夜毎のパトロールと冬の風にすっかり乾いてしまっている。だがそれよりも何より、あのクリームを先代ロビンが愛用していた、と言う事がジェイソンを苛立たせた。
――僕はロビンに相応しくない、って?
子どもじみた考えと分かっていても、勝手に唇が尖っていく。高い椅子に座れば地面から離れてしまう足先を、ジェイソンはぷらぷらと振った。
「ジェイソン」
「何?」
邸内に続く階段からブルースの声が降り注ぐ。慌てて足を振るのを止め、ジェイソンは立ち上がった。長い階段を下りながらブルースが手を振ると、小さな物が胸元目掛けて飛んで来る。
慌てて受け止めたそれは、銀色の薬入れだった。
「これって」
「アルフレッドの新作軟膏だ。試してみて欲しいと」
言われてすぐ蓋を開けると、少しつんとした香りが鼻腔をくすぐる。見上げればブルースはジェイソンに向けて両手を広げた。彼は既に使った後らしい。
中身を指先に広げても、痛みや痒みは全く無かった。もうしばらく時間を経てねば分からないが、少なくとも前回よりはましだ。
「どうだ?」
「…大丈夫そうかも」
恐る恐る答えれば、そうか、とブルースが言う。ジェイソンが再びクリームに視線を落とすと、大きな手が優しく肩に触れた。
「また合わないようだったら言ってくれ」
「悪いよ」
「試行錯誤も醍醐味の一つらしい。“老人の楽しみを奪うおつもりですか?”と聞かれるぞ」
そう言うブルースの声音もアクセントも、アルフレッドのものそっくりだ。思わず目を丸くしてからジェイソンはつい、吹き出した。肩に置かれていたブルースの手がするりと離れていく。
「だから遠慮するな」
「――分かった」
にっと唇を吊り上げて頷けば、ブルースも小さな微笑を口元に刻んだ。
指先
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