小春の道

「うわっ!」
 曇天まで届かんばかりの悲鳴に、ブルースはさっと振り返った。
「…ああ、びっくりした」
「…そうか」
 ここ数日の温かさで、虫歯のように汚く溶けている雪。一瞬クラークがそこに尻餅をついたのかと思ったが、よく見れば中腰の彼は数センチ宙に浮いている。
「流石だな」
「あ、いや、君の反射神経には負けるよ」
 凄い勢いで振り返ったじゃないか、とクラークは照れ臭そうに頬をかく。宙に浮いてさえいなければ、弾丸よりも速く動ける男とは思えぬ仕草に、ブルースは溜息を吐いて背中を向けた。歩く度に濡れた道がぴしゃぴしゃと音を立てる。
「ブルース?」
「勘違いするな」
「え?」
「コートの裾を救えないとは」
 クラークが視線を下に移す気配がした。一瞬遅れで再び、クラークの大きな声がゴッサムの曇り空に響く。
 さて、雪溶け水に浸った彼のコートが、ウェイン邸の暖炉の火で乾くまでにはどれ位の時間が必要だろうか。いや、それともヒートビジョンを使おうと、彼が思い付くのが先だろうか。
「…ブルース、ちょっとだけ君の家の暖炉を借りても良いかな?」
 背後から追い掛けて来るクラークの声に、ブルースが笑みを含んだ答えを渡すまで――こちらはものの数秒も要らなさそうだった。

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