「どこが良いのか分からんな」
衆愚の街に住む蝙蝠は、空の彼方に視線を向けながらそう言った。彼の視界からは既に茜色のケープが消えているのだろう。だが未だに、空飛ぶ鋼鉄の男の耳では十分声が捉えられる距離だ。尤も、あの耳が捕らえられぬ音など無かろうが。
「どこが悪いの?」
揶揄するつもりはなかった。純粋に不思議だったのだ。
横に立つ男はいつも、太陽の果てに去る男を厭う。信頼しながらも手を拒み、背を向ける。真っ直ぐな精神も並外れた力も、彫刻家達がこぞって褒め称えそうな姿も、短所とは思えないと言うのに。
「彼は貴方を信頼し、尊敬している。背中を預けられる相手だと思っている。貴方の行動のフォローさえ厭わない」
だのに何故?
潮の香含む西風が髪を乱した。裾を手で押さえられながらも、闇色のケープは豊かに舞う。風を孕んだその様は柔らかく優雅でさえあるのに、男の唇は鋼鉄よりもなお硬い。
矢張り良く分からない。騎士の二つ名を冠する者が、取るに足らぬ短所だらけの男に、己の背中を預けるものだろうか?まして彼のように矜持高い男が?
沈黙の間をゼピュロスの吐息ばかりが吹き抜ける。そろそろ彼も帰らねばなるまい。何時までも引き止め、答えをせがむ愚は犯したくなかった。黙ったまま、背中を向ける。
「……そう言う所の全てが」
砂浜に打ち寄せる荒波が、小さな答えの語尾を呑み込んで行く。
振り返っても彼は空に顔を向けたまま、闇色に身を包み、ただ彫像のように立っている。
「――変な仲ね」
視界を覆った乱れ髪の、その向こう。浮かんだ彼の唇は、微かな笑みを含んでいた。