終章

「やあ」
ぼやけていた視界が徐々に明瞭な形を取り始める。頭を支える柔らかな枕と、木製のベッドと、真っ白なシーツと――こちらを覗き込むクラークの顔。
「…何日眠っていた?」
「半日ほど。そろそろ昼近いな」
「私の兜は?」
「そこに」
クラークの指先を追うと、兜は枕横に沈んでいた。頬当てに僅かながら亀裂が走っている。修繕しなくてはなるまい。だがその前に問題がひとつある。そちらを問い質そうと視線を向ければ、クラークは穏やかに首を振った。横に。
「大丈夫だ。誰も君の素性には気付かなかったよ。…ゴードンさんも」
「そうか……」
細く長い安堵の息を吐き出してから、ブルースはゆったりと枕に頭を預けた。体のあちこちが痺れたように重たい。クラークも良く見れば、頬や顎などあちこちに傷跡が残っていた。目を凝らさねば分からぬ程、肌に埋もれ薄れてはいるが、それでも半日経ってなお残るとは異例である。思わず揶揄のような声が喉を突いた。
「“破滅よりのもの”以来だな」
「あれに比べればまだましさ。何と言うか、その……助けがいたからね」
歯切れの悪い口調が彼の心境を如実に表している。宿敵と呼べるヴィラン2人に助けられるとは、お互いに思っていなかった。思わず少し眉を寄せるブルースだったが、折良く階段から2つの足音が聞こえて来た。
「やっぱり起きてた!」
「バブ、静かに」
大きなトレイを持ったバーバラが首を竦めた。その背後からゴードンが姿を現す。額に巻かれた包帯が痛々しいとブルースは思ったが、考えてみれば自分の方が全身傷だらけだ。ブルースと同じ事を思ったのか、ゴードンが眼鏡の奥の瞳に悲痛な影を宿す。
「バットマン、すまな」
「謝罪など必要ない」
「……2度も娘を救ってくれて、ありがとう」
ベッドに近付いてから、ゴードンは手を差し出した。だが腕を動かした途端に鋭い痛みが走る。顔を顰めたブルースにそれと悟ったのか、ゴードンは軽く、ブルースの手に手を重ねた。更にその上から、バーバラの白い手が重なる。
2人分の温かみに、ブルースは何も言わず、ただ頷いた。


それから数日間、ブルースはベッドの上で生活を続けた。だが傷が回復し始めるとすぐさま歩き、訓練を開始した。クラークは始めこそ口を酸っぱくして安静の義務を捲くし立てていたが、どう言ってもブルースには無駄だと分かったのだろう。ぴたりと言うのを止めた。
そしてブルースが右腕で剣を振るえるようになった、その4日後。
「もっと滞在するつもりは無いのかね?」
「ああ」
家の前に立つゴードンにブルースは頷いた。素っ気無さを補うようにクラークが横から言葉を継ぐ。
「言い出したら聞かないんですよ」
「スーパーマン」
「…はい」
「残念だな、実に」
髭に触れながら首を振るゴードンの傍らから、バーバラが大きな袋を差し出す。
「食料と新しい毛布と、あと薬も少し入れておいたわ。包帯もちゃんと巻き直してあげて」
「うん、ありがとう」
受け取ったクラークとブルースとを交互に見詰め、赤毛の少女は微笑んだ。
「私が大人になったら、2人を探す旅に出るからね。それまで気を付けて」
「…ああ」
「君もね。お父さんを大事に」
膝を曲げてバーバラの抱擁を受けてから、ブルースとクラークはゴードンと握手を交わした。
「世話になった。ありがとう」
「こちらこそ。…しかし」
ゴードンはブルースに首を傾げた。
「君とはどうも他人のような気がしなくてね……昔どこかで会わなかっただろうか?」
「……世の中には似た人間が3人いるらしい」
さりげなく手を解きブルースはゴードンから離れた。今はまだ、この素性を知らせる時ではない。
だがもしも、何時かこの旅を終え、故郷に戻る時が来たならば――
「さよなら」
「さようなら」
「さよなら!」
クラークと共に歩き出しながら、ブルースは手を振る父子に背中を向けた。

「…ねえパパ、不思議ね」
「ん?」
遠ざかりつつある2つの背中に目を向け続けながら、バーバラは言った。
「私本当にいつか、あの人達とまた会う気がするのよ。きっとまたいつか、本当に」
「……そうだな」
黒と赤のケープが風に揺れる。
決して混ざり合わぬ2つの色を、父子は何時までも立ち尽くし、見送っていた。

と言う訳でハロウィンSSです。
ヴィランズを書くのが大変だけど楽し過ぎてウハウハでした。
ただ魔王ことダークサイド閣下には損な役回りを任せてしまったので、
今度書く機会があったら格好良い漢っぷりを書きたいです。
他にもネタとしてはオアの神官戦士グリーンランタンとか、義賊グリーンアローとか
ありましたが、今回は超人蝙蝠で絞ってみました。
ちなみに「破滅よりのもの」=ドゥームズデイ
その所為で超人は1回死に掛けた、とか考えてしまいました。
ちょっぴりダメっ子召還術師・ルーサーの明日はどっちだ。

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