12月に入った時点から、メトロポリスではあちこちにクリスマスカラーが踊っていた。
「気の早い事だと笑っていたが」
初老にさしかかった男はそう言う。
「クリスマスまで、今日を入れると4日か。早いものだな」
「本当ですね。僕もほとんど意識していなかった」
赤い絨毯が黒光りする靴を受け止め、柔らかく沈んだ。
「昨晩、友人からプレゼントをせがまれて気付きましたよ」
「“友人”か」
ふん、と初老の男は鼻を鳴らす。
エレベーターが2人の前に開いた。
「いいかね、ブルース」
乗り込みながら男は話し続ける。ボタンを1階に押すとゆるやかにドアは閉まり、静かな下降が始まった。
「君の父上とは昔からの知り合いだ。だから私は、ついつい彼と君を比べてしまう」
「でしょうね。で、判定はいかがですか?」
「こんな事を言いたくはないが、君に甚だ不利だよ」
男の大きな目が、斜め上の顔をぎょろりと見回した。
「いいかね、ブルース。そりゃあ君の父上だって若気の至りというやつを何度もしでかしたさ。彼が君の母上にラブレターを送った話なんて、未だにあそこの語り草だ」
「それが凄い事ですか?」
「そりゃあそうさ。あんな格好で女学校に潜入して…いや、この話は止そう。それでも彼は大した男だった。高級車を乗り回し、美しい女性に言い寄っても、ある程度の節度を守っていた。が」
「僕はどうか、と仰りたいんでしょう。節度を守っているのか?と」
「その通りだ!」
男の怒鳴り声は、狭い密室で聞きたいものではなかった。
「多少の事は仕方ないと思おう。しかし君のは余りに度が過ぎている!いいかね、ブルース。ここ1ヶ月で私の電話に君が出たのは、一体何回だと思う?3回だ!たったの!!」
「それはすみません。ですが昼間にお電話頂けたら、もっと多く出られたと思うんですが」
「あれだけ遊び歩いているようなら、昼間に掛けたところで知れたものさ。私は寝ぼけた人物と会話したくない」
「今度から控えますよ」
「君の父上に誓ってくれるか、ブルース?」
「誓いますよ」
彼はわざとらしく、右手を胸の上に置いた。
「私、ブルース・ウェインは父トーマスの名にかけて、無駄な夜遊びを控えると誓います」
エレベーターが軽やかな音を立てて開いた。