12月21日/メトロポリス 2

「まぁよかろう。君は運動に参加すると言ってくれたんだ。立派になったよ」
「ありがとうございます」

ブルースは笑って答えた。答えた後で、誰にも見られないような小さい溜め息を漏らした。
父の友であるマッケンジーはうるさ型だ。両親の旧友には厳格な人物達が多いが、中でも彼はブルースと会う度に生活の乱れを言い立ててくる。それも自分を案じていてくれる証拠と思うのだが、説教時間の長さにうんざりするのも事実だ。
特に彼とは、ここ1ヶ月頻繁に会っているのだ。辛くなるのもむべなるかな、である。

「港のクリスマスイベントには出席するのかね?」
「ええ、ゴッサムから乗り込むつもりですよ。あなたも勿論出席ですよね?」
「ああ、それについてだが」
ぎゅっとマッケンジーは眉間に皺を寄せる。
「ここだけの話、脅迫状が送られて来たのだ」
「脅迫状……」
「イベントを中止するか、それとも私が尻尾を巻いて逃げない限り、惨劇が起こるだろうと」
ほんの一瞬、ブルースの顔から放蕩息子の表情が消えた。
「警察には?」
「届けておいたが、中止も欠席もするつもりはない」
「そうすべきですね。これには両都市の平和が掛かっている」

ゴッサムとメトロポリス。それは湾を経た隣同士の都市である。
歴史はややゴッサムの方が古い。が、今はアメリカ随一との賞賛をメトロポリスに明け渡している状態である。
近接している両都市の発展理由は海にあった。海運が全てであった時代、良港を有する2都市は、大西洋によって恩恵を受けていた。
だがここ数ヶ月の問題もまた、海の存在が原因だった。
ゴッサムとメトロポリスの海運業者同士は当然、ライバル関係にある。かつてに比べれば減少したとはいえ、未だに海運は大きな力を持っている。
その両者の船が、3ヶ月ほど前に激突した。
お互いが見えていないかのようなスピードでぶつかり合った結果、どちらの船も沈没した。乗組員はほぼ7割が救助されたが、残り2割は変わり果てた姿で海から上がり、残り1割は行方不明のままである。メトロポリス側の船はやや被害が大きく、ゴッサム側より20人ほど多くの死者を出した。
この惨事の原因はどちらにあるのか。互いが互いの責任と言い張りあい、次第に不穏な気配が港を中心に立ち上り始めた。
海運業組合では連帯して真相を追究しよう、と誓い合ったが、双方のトップはともに古くからの有力者である。特にゴッサム側は近年マフィアと結びつき、麻薬などを運んでいるともっぱらの噂だった。
その噂が更に、「メトロポリスの船を沈めようとしている」などという噂に代わり、それがついに行動を生む所まで発展したのだ。
ゴッサムからメトロポリスに到着した船が放火される、またメトロポリスからゴッサムに到着した船が内部を荒らされるなど、ここ2ヶ月ばかりは暗い話題に事欠かなかった。

そこで融和しようと動き出したのが、両都市の富裕層だった。
船を持つ者や、海運業を仕事の一部としている者達が協力し、一連の動きに対応しようとしたのだ。両都市で会合を開く、減少していた船便を復活させるよう訴えるなどして、空気はようやく元の港湾に近付いて来た所である。ブルースがこのメトロポリスに来ていたのも、そういった会合からだった。
そして2ヶ月前、融和策の1つとして、クリスマスイベントがメトロポリスで開かれる事が決定した。マッケンジーはゴッサム側の責任者としてその企画に参加しているのだ。

「今更止めると言い出せば、また疑心暗鬼を生む結果となるだろう」
そう彼は言った。
「警備の増員も言い付けた事だし、無事に収まる」
「僕もそう願っています」
頷きながら、ブルースは欠席するかどうかについて考えていた。
用心するに越した事はあるまい。父の旧友を守る為にも、夜の顔で出かけた方が良いかもしれないのだ。帰ったらアルフレッドに相談しようと心に決め、ブルースはマッケンジーと共にタクシー乗り場へと足を進めた。

ドアが開いた途端、寒気が頬に突き刺して来る。それでも空は鮮やかな青さだった。
「やれやれ、ゴッサムに戻ればまた太陽とお別れか」
ブルースは何か冗談で答えようと口を開いた。

「心配しなさんな、あんたの行き先はゴッサムじゃない」

閉じた。
視界に入ったものが銃であるのだと、気付くのにコンマ2秒と掛からなかった。

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