第7章

「……挑めだと?」
ダークサイドに砕かれた杖を忌々しげに見詰めながら、ルーサーが言った。
「馬鹿な事を言う。召喚者の願いに従うのが筋じゃあないか?」
度胸だけは大した物だとブルースは感嘆した。さぞ激昂するだろうと思われたダークサイドは、しかし顎を引き気分を害した素振りも見せない。その代わり、手が再びルーサーの胸倉を掴み、高々と引き上げた。
『儀式の意味を解さぬとは愚かな。死する太陽の戦士すら持たぬか』
空いた片方の手がさりげなく握られる。
『ならば破壊の力をその身に受けよ、“召喚者”』
「ルーサー、鎖を!」
来るべき殺戮の予感にクラークが叫んだ。ルーサーの視線が、ダークサイドの拳とクラークの間を行き来する。だがすぐに彼は手を伸ばした。がちゃん、と音を立てて、手首を繋いでいた鎖が解ける。
鎖が地に落ちるよりも早く、茜色の軌跡が祭壇に向かって飛んだ。
『ぬう!』
ダークサイドの腕をクラークが掴んだ。ルーサーの顔に当たる寸前でそれは止まる。払いのけようとした太い腕をクラークは飛んで避けた。
『貴様が贄となるか!』
 ルーサーを放り出しダークサイドはクラークに向き直る。幾つもの拳が嵐のように彼を襲った。
「そんな、役割を、受けたつもりは」
ふわりと茜色のケープが揺れる。
「無い!」
鋼鉄をも引き裂く一撃がダークサイドの腹を見舞った。常ならば敵は地面から浮かび、どこかへと吹っ飛ばされるものだが、しかし今宵は勝手が違っていた。
『…面白い』
煉獄の炎が笑う。対してクラークの瞳が僅かに翳った。
『存分に戦おうぞ!』
ブルースの目にその拳は、クラークのものと同様の軌跡にしか見えなかった。顔を庇ったクラークの腕にそれは当たり、彼に苦悶の呻きを上げさせる。ようやく祭壇の近くまで来たブルースは、耳にした声に目を見張った。鋼鉄の男が、クリプトナイトや魔法以外のもので苦しむとは。
驚きが覚めやらぬ内に、4本の石柱からは更なる炎が吹き上がる。赤と黒に照らされながら、常ならぬ2つの力が激突した。
クラークが宙に舞う。力で弾かれたのだ。宙で体勢を整えようとした彼を、威容からは想像も出来ない身軽さでダークサイドが追った。盾と蛇が描かれた鎧の胸部に蹴りが入る。みしり、と鳴ったのは果たして鎧か、はたまた彼の骨か――ブルースは眉を寄せた。
それでも、自分が介入出来るような戦いではない。教会の鐘と鐘をぶつけ合うような音を耳にしながら、ブルースは倒れ臥す白いローブを引きずり起こした。
「…おい、しっかりしろ!」
「う……」
頬を何度か張るとようやくルーサーは瞼を持ち上げた。全力で殴ってやりたい所だが、再び気絶されては元も子も無い。
「正直に答えろ。奴を倒す方法は?」
「…そんな事が載っていたら…こんな事にはならんだろうが……」
「もう一撃食らわせてやろうか」
掲げられたブルースの手に、しかしルーサーは唇の端を歪ませた。
「俺だって本を全て理解した訳じゃない。自分なりの解釈で…読み取っただけだ」
「原文には何が書いてあったんだ?」
「それは……」
会話は降り注ぐ石で中断された。振り仰げばダークサイドが何かを振り回している。地中の崩れた柱を掘り起こしたようだ。その周囲をクラークが飛んでいる。
「それは?」
「奴の言い分を合わせての推測だが、季節の模倣だ。太陽を象徴する戦士があの、暗闇を象徴するダークサイドと戦う……。戦士は死ぬ。つまり太陽が死に…新たな暗闇の季節が始まる」
あいつを神とでも崇めていたのだろうと、ルーサーは言う。ブルースは祭壇に視線を走らせた。飾りの部分に描かれた単純な図像の中には、どこかダークサイドに似た巨大な姿がひとつ、異彩を放っていた。その上に横たわるバーバラは、黄金の門の輝きを受けながら、未だに身動ぎ一つしない。
「倒す方法は無いのか?」
「魔王退治の無茶を知らんのか?」
「知っていて聞いているんだ、“天才”レックス・ルーサー」
「言われて嬉しくないのは、初めてだ」
顔を顰めたルーサーが、懐から古本を取り出した。ばらりと無造作にページを開き、そして首を横に振る。
「載っていない」
「ならば帰らせる方法だ。アポカリプスとか言ったな、そこに再び叩き込む」
どん、と地面が揺れた。はっと視線を巡らせた先では、倒れたクラークの背中にダークサイドが足を乗せている。
『もうこれまでか、太陽の戦士?』
「…そんな、訳が……っ」
クラークが腕を付く。少しずつ、少しずつ、その体が持ち上がる。ダークサイドが浮かべていた微笑を消した。ブルースはルーサーに向き直る。
「書いて無いのか?!」
「調べている最中だ!急かすな!」
再び上がった呻きに見れば、ダークサイドがクラークの脇腹に蹴りを入れ、転がしていた。今度はその胸に足が乗る。クラークの文様にひびが入った。
ブルースは、剣を引き寄せた。
「…おい、バットマン」
「時間を稼ぐ。お前はそこで奴の封印を調べていろ!」
「馬鹿野郎!死ぬ気か?!」
ルーサーの声に振り向きもせず、ブルースは駆け出した。

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