12月24日/海上 4

「何が目的かは聞けなかった。ただ、“あと1時間ももたない命”と言っていたのが気にかかる」
「乗客全てを殺す気か?…単なる強盗殺人ではないな。あと1時間…」
腕時計をブルースは眺めた。クラークも豪華な文字盤を眺める。
「防水加工か」
「ああ、便利でな」

現在の時刻は11時25分。

「…日付が変わる瞬間に、何か起こす気だろう」
「日付が変わる瞬間?…まさか」

『日付が変わると同時に、ベツレヘムの星がツリーに飾られる』

ペリーの声が鮮やかに甦る。ブルースが頷いた。
「奴ら、あの星に何か仕掛けたようだ」
「急がないと!あと40分もない!」
「とにかく船に戻るぞ。何をする気か聞き出さない事には対処が出来ない」
「ああ。……君も行く気か?」
「そのつもりだが」
ふらつきもせず立ち上がったブルースに、クラークは首を振った。
「止めた方がいい。そんな傷では」
「これくらいの手傷は日常茶飯事だ」
「…じゃあ僕は1人で行くよ」
「どうぞ?」

クラークは背を向けた。彼の強情ぶりには付き合っていられない。自分以外に移動手段を持たない彼を、置いていく事は簡単だ。
タキシードを脱ぎ、ボタンを外し、ズボンを捨てる。瞬く間に、鋼鉄の男が出来上がった。
解放された赤いケープが夜目にも鮮やかに舞う。

「君はここから急いで警察へ連絡を」
「来たようだ」
「え」
雲の間から、黒い影が現れた。鳥よりも早く、それはこちらへ向かってくる。
何ら音を立てずに、それはブルースの前に着地した。
黒で塗られた、機械仕掛けの翼。
口を開いたままのクラークに、ブルースは時計を示した。金とダイヤモンドがあしらわれた文字盤が音もなく開く。
新たに現れた盤には、蝙蝠マークが付いていた。

「これも防水加工だ」



「はいはい皆、いい子にしてね。押さないで集まるのよ」
緑の美しい手が振られるままに、乗客達は狭い食堂の中へ集まっていった。酔った表情の男達は金品を取り出し、ポイズン・アイビーに渡していく。アイビーはそれを、片っ端からサンタクロースが持つような袋へと入れていった。高価な物を差し出す男には、頬にキスのサービスが待っている。
「レディ達。申し訳ないがこちらで待機していてくれ。ああついでに金目の物を預からせてくれるかい」
機関銃、自動小銃、様々な銃口とナイフを見せられた女達は、トゥーフェイスの横にある袋へ自分の品を入れていく。彼女達は別室へと押し込められていった。泣き出しそうな者もいたが、アイビーに酔った夫や恋人に、激怒を見せるのは皆同じであった。

「とんだクリスマス・イブね」
「全くだわ。…ね、ロイス。ブルースやクラークはいた?」
「ううん、見ていないわ」
「そう…どこかに隠れているかもしれないわね。トイレに行くとか言っていたもの」
どっかりとパイプ椅子に座り込み、ロイスは天井を仰ぐ。
「ねえセリーナ、あの2人に何か出来ると思う?あいつらをギタギタに叩きのめすとか、それでなきゃ警察を呼ぶとか」
セリーナは束の間考えてから、溜め息交じりに答えた。
「…ブルースには難しいかも」
「クラークにも無理ね」
「私達で」
「何とかしましょう」
2人は、がっしりと手を握り合った。



「警察に連絡は?」
「無線で入れた。間に合うかどうかは分からん」

11時35分。

スーパーマンとバットプレーンが並んで飛ぶ。目的の船にはすぐ追いついた。対空戦用の武器はないのか、攻撃して来ないのがありがたかった。
「ヘリポートに止める」
「大丈夫か?はみ出しそうだぞ?」
「心配には」
及ばない、と言いかけたバットマンだったが、いきなりプレーンが傾いだ。
「っ、スーパーマン!」
「君の着地テクニックが見られなくて残念だよ」
バットプレーンの下に潜り込んだスーパーマンが、着地させようとしているのだ。バットマンは慌ててエンジンを停止させた。なまじなパイロットよりもずっとスムーズにスーパーマンは着地を行った。
腹は立つが、仕方ないとバットマンは自分に言い聞かせた。時間がないのだと。

降り立ったバットマンとスーパーマンは駆け出す。と同時に、船内へのドアから銃弾が飛んで来た。矢張り気付かれていたのだろう。
避けもせずスーパーマンは直進し、敵の手から銃をもぎ取った。それで持ち主を殴り倒す。4人いた敵は1人を残して昏倒した。
「アイビーとトゥーフェイスは、どこだ?」
残った敵の首を掴み、バットマンは唸るように問う。
「しょ、食堂の方です。2人ともいます」
お願い殺さないで、と男は震えている。バットマンはわざと声を低めた。
「殺して欲しくないなら、もっと細かく教えろ。乗客は?」
「お、お、男が食堂、女がその、横にある、会議室に」
「分かった」
首筋に軽く手刀を当てると、男はあっさり目を閉じた。
「…何だ?」
「いや、脅し慣れていると思っただけだよ。行こう」

階段を下りていくと、食堂までの廊下にはトゥーフェイスの手下達がぎっしり詰めている。
作戦も何も必要なかった。スーパーマンが素早く武装解除させ、殴りつける。時々彼に襲い掛かろうとする手合いは、バットマンが片付けた。
陸軍1個大隊が協力してくれても、これほど容易にはならないとバットマンは感じた。雑魚を片付ける為にいるようだとも思ったが、理不尽な感情であると押し殺す。

食堂前に置かれた椅子には、トゥーフェイスがゆったりと座っていた。ポイズン・アイビーの姿はない。
「久し振りだなバッツ。今日は出張か?」
「ハーヴェイ」
立ち上がろうとしないトゥーフェイスから、数歩分離れた所で2人は止まった。トゥーフェイスの左手には銃が構えられている。
「何故お前がここに?目当ては何だ?」
「2つの日にまたがって、2つの都市が行うイベント」
しゃがれた声と落ち着いた声が、入れ替わりながら語る。まるで歌のようだ。いや、彼は歌っているのかもしれない。実に楽しげな様子だった。
「俺が参加するのにぴったりだ。そうじゃないか?折角だからこちらも2人のヴィランを用意させてもらったよ。2人のヒーローが止めに来るとは思わなかったが」
「何を企んでいる。単なる強盗ではないだろう」
「花火見物さ」
にやりと崩れた顔が笑った。

「2つが1つになる。最高のカタルシスだ。その瞬間を味わう為に来た」
「…ベツレヘムの星に爆弾を仕掛けたな」
弾かれたようにスーパーマンが顔を上げた。
「流石だよバッツ。そう来なくては」
トゥーフェイスの右手が上がった。そこには、スイッチが握られている。
「今これを押せば俺も死ぬ。押すべきか、押さざるべきか、それが問題だ」

ふと旋風が巻き起こった。
次の瞬間、スーパーマンの手にスイッチは渡っていた。
「コインを投げるまでもない。これで終わりだ」
「おや、そうかい?」
トゥーフェイスは立ち上がった。銃を持つ手はだらりと下がっている。

「では2人のヒーローに2つの質問だ。2人目のヴィランはどこにいる?そして」
スーパーマンとバットマンの鼻腔を、濃厚な香りが擽った。
「彼女の能力は、何だ?」
「1つ目の答えは、あなた達のすぐ後ろに……」
絹のような声が響く。
「2つ目の答えも、すぐに分かる」
砂のようなトゥーフェイスの声が遠ざかる。

向いてはならない。トゥーフェイスが去っていく。追いかけなければならない。
2人のヒーローはしかし、脊髄反射のような速さで振り返った。赤い髪、緑の肌をした美女が、乗客達を引き連れて妖艶な笑みを浮かべている。左手から滴る血が、蕩けるような甘美さに思えた。
「馬鹿な男達ね。最初から私に操られていると気付かなかったの?」
そうだ、何故トゥーフェイスにばかり気を取られて、アイビーを探そうとしなかった?
手遅れだったのだ。既に彼女のフェロモンに絡み取られていたのだ。

勝手に足が動く。駄目だ、駄目だ、駄目だ……
「じゃあマスクのない彼から先に。はじめまして」
にっこり笑ってアイビーが唇を近付けていく。
「そしてさよなら、スーパーマン」

その時、アイビーの背後から悲鳴が上がった。
「何!?」
振り向いた彼女の目に映ったものは、パイプ椅子を振りかざす女性2人だった。

「さよならするのは!」
「あんたの方よアイビー!!」

鈍い音が船内に響く。
…バットマンとスーパーマンは、自由になった途端、思わず目を伏せてしまった。

「もう、これだから男って!後一歩遅れていたらどうなってた事か!」
「本当ね!危ない所だったわ」
ロイスとセリーナが、パイプ椅子を置きながら言った。アイビーの周囲にいた乗客もそれで吹き飛ばされ、屍の山が築かれている。
「あー…君達、逃げて来たのかい?」
「そうよ、そこの部屋から」
「ドアはどうした?」
「見張りを倒して鍵を奪ったの」
2人のヒーローは、2人の女性が持つパイプ椅子に目をやった。いっそ清々しいまでのへこみっぷりである。
「外が静かになってからドアを開けたら、この有様でしょう?驚いたわよ」
肩を竦めるロイスに、スーパーマンは苦笑で答えた。
「僕も驚いたよ…他の女性客は?」
「私達が安全を確かめてから来るよう、伝えておいたわ」
ウィンクするセリーナに、バットマンは動揺を押し殺して頷いた。
「よし。引き続き室内にいてくれ。残党がいるかもしれない。…スーパーマン、トゥーフェイスを追うぞ」
「あ、ああ。君は星を見てくれるか?僕は配線を引き千切るくらいしか出来ないから」
「分かった。ではトゥーフェイスを捕まえてくれ」
スーパーマンはバットマンに爆弾のスイッチを渡した。

11時45分。
2人はそれぞれのケープを翻し、持ち場へと向かう。
船はもうすぐメトロポリスへ到着する。

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