白と黒のタキシードはすぐ見つかった。今度は上へと向かっている。ヘリか何かで脱出するつもりだろう。
爆弾のスイッチは既に自分達の手の内だ。が、大惨事を起こそうとしている彼を見逃す訳にはいかない。スーパーマンは、赤い絨毯を力強く蹴り上げ、飛び上がった。
外へ逃れたトゥーフェイスの目に、メトロポリスの夜景が映りこむ。その艶やかさに目を細める間もなく、彼のすぐ横から鋼鉄の男が現れた。破られた甲板がバラバラと音を立てて散らばる。
「もう逃れられないぞ」
「そうだな。バッツならともかく、相手があんたじゃ」
トゥーフェイスは傷のない横顔をスーパーマンに向け、メトロポリスを眺めている。
「美しい夜景だ。闇と光の饗宴―――この世界に相応しい。そう思わないか?」
「…まあね」
哀愁と感嘆を帯びた声に、スーパーマンの戦意がやや薄れていく。憂いを帯びた横顔は、かつて敏腕検事として著名だった男に相応しく、知的ですらあった。
「闇と光、昼と夜、陰と陽。あんたとバッツも似たようなものだな。同じヒーローながら、全く違う」
ハーヴェイ・デントは微笑んだ。その姿は矢張り、最低のヴィランとも思えない。
「二項対立は必然にして絶対だ」
くるりと彼は振り向く。
その左手は、スイッチを押していた。
「だから、俺の持つ手段は常に2つなのさ」
11時50分。
配線を切って無害化すべく動いていたバットマンの目に、点滅する赤い数字がよぎる。
「スーパーマン!ハーヴェイを止めろ!」
巨大なベツレヘムの星を前に、バットマンは力一杯叫んだ。
「これは単なるスイッチ式爆弾じゃない!時限装置付きだ!!」
「ハーハハハハハァ!」
バットマンの声と同時に、けたたましい笑い声がスーパーマンの耳を打った。
「押しボタンか?はたまた時限装置式か?どうだ、爆弾1つとっても選択肢は必ず2つ存在する。素晴らしいじゃないか!」
「貴様……!」
「おっと怒るなスーパーマン。安心してくれ」
ヘリコプターの爆音が空から降って来る。
「俺は先におさらばする。頑張って解除しな。…出来るものならな」
トゥーフェイスがスイッチを放った。それはこつんと音を立てて、スーパーマンの足元に転がる。
「ま……て」
心拍数が上がる。気管がいきなり詰まったように苦しい。スーパーマンは、もがいた。
「じゃあな、ボーイスカウト」
時限装置のスイッチは、緑色の光を放っている。
「スーパーマン!聞こえているのか!?」
やって来る気配も、返事もない。バットマンは舌打ちして爆弾に向かった。
爆弾の幾つかは星の内部に取り付けられているらしい。長い配線が数メートル上まで伸びている。が、幸い起動装置自体は下部に取り付けられていた。これ1つを切れば爆破は食い止められるだろう。見覚えのある爆弾だ。50本以上のコードに埋まった、重要なコードは全て6本。
残り9分12秒。バットマンは万能ベルトから工具を取り出し、解体を始めた。
残り9分3秒。スーパーマンはスイッチをどけようと、必死で手を伸ばした。
震える手先で感じるクリプトナイトは、ひどく熱かった。
残り8分56秒。最初のコードが切れた。順番に切らなければこの場で爆破だ。
あと5本。黒、紫、黄、緑、青。
残り8分45秒。スーパーマンの手がスイッチを力なく跳ね除けた。離れるように這っていく。階段の中に潜り込むと、徐々に力が甦り始めた。
残り8分30秒。紫の線を切ったバットマンの耳に、ヘリの音が届いた。
残り8分28秒。スーパーマンは階段を転がり落ちる。
残り8分23秒。トゥーフェイスを乗せたヘリが、バットマンの頭上を通り過ぎた。
「ご苦労様だな、バッツ!」
火を吹く銃から、バットマンは転がって逃げた。
残り8分15秒。スーパーマンは立ち上がり、甲板へと向かった。
残り8分13秒。ヘリが去っていく。バットマンは再び作業へと向かった。
残り7分50秒。
「スーパーマン!」
「バットマン…すまない、しくじった……」
甲板に辿り着いたスーパーマンを横目に、バットマンは緑の線を切る。
「気にするな。それより何があった?何度呼んでも返事をしなかっただろう」
「奴が、クリプトナイトを持っていてね……」
バットマンの横にスーパーマンが座り込む。崩れ落ちると言った方が良いかもしれない。動揺してバットマンは手元を狂わせかけた。
「クリプトナイトだと?」
「僕の弱点さ。知っているだろう?」
「ああ、新聞で読んだ」
スーパーマンは突っ伏したまま小さく笑った。
「やっぱり、“新聞は読まない”なんて嘘だったんだな」
「勘違いするな」
バットマンもにやりと笑った。
「載っていたのが芸能面だったんだ」
残り7分17秒。
黄の線がぱちりと切れる。
「さて」
スーパーマンは、バットマンの声に顔を上げた。まだ気だるさが残る上体を起こし、彼の手元を覗き込む。
「残ったコードは2本だ。黒か、青か」
「…どちらか分からないのか?」
「ああ。調べたくても、下手に動かすと爆発するようになっている」
「つまり、勘で勝負か」
「そうだな」
「…僕が宇宙にでも運ぼう」
「無茶だろう」
値踏みするようにバットマンは視線を移した。
「その体だと途中で力尽きるぞ」
スーパーマンは否定出来なかった。確かに、回復し切っていない今のままでは宇宙まで飛んで行ける自信もない。
「君の勘に、この船全ての命を預けろと?」
それでもスーパーマンは異議を言わずにはいられなかった。余りに危険だ。
「勝算は50%ある。…そちらは30%もなさそうだな」
「もっとあるさ」
「ほう」
急にバットマンがスーパーマンの肩を突いた。勢いに負けて、スーパーマンは再び甲板に転がる。
「…私に突き飛ばされるようでは、いよいよだな。ゆっくり休め」
「…海に沈めるってのはどうだい?」
「もう遅い」
バットマンが見つめる先には、近付くメトロポリスがある。
「分かった」
今なら爆発しても、海岸まで被害が及ぶ事はあるまい。いざとなれば自分が無理矢理抱えて、海へ飛び込めばいい。スーパーマンはそう腹を決めた。
「やってくれ、バットマン」
彼にこの船全ての命を預けられない。そう考えるのはバットマンも同じだった。
真っ青な顔でふらつくスーパーマンを見るに、何トンもの星を持ち上げる事さえ難しそうだ。バットマンは、黒と青のコードを前に、深く息を吸った。
残り6分54秒。
黒と青。ハーヴェイの思考パターンから考えれば黒だろう。バットマンはゆっくり黒のコードに工具を絡め、しかし、外した。
あれほど自信ありげに言っておいたが、怖いのかもしれない。
ほっと息を吐く。横からスーパーマンが見つめている。
青い瞳が。
「……切るぞ」
「ああ」
バットマンは再び黒のコードに工具を絡め、力を入れた。今度は躊躇わなかった。
残り6分43秒。
コードがぷつりと切れる。
何も起こらない。スーパーマンがほっと息を吐いた。
最後の青いコードを、バットマンは切った。
残り6分37秒。
タイマーが動きを止めた。
「……やった」
無害化された巨大な星を、2人は見上げた。
船がメトロポリス港に入ろうとしていた。