12月25日/そして… 1

「スーパーマン!」
ロイスの絶叫は途中で轟音に掻き消された。ツリー一杯の爆薬が弾け飛んだのだ。強烈な光と音の渦が、数秒間知覚を眩ませた。

「スーパーマン、スーパーマン!」
それでもロイスは叫び続けた。彼の事だから、という安心より先に、冴えない顔色で微笑んだ先程の姿が脳裏によぎる。
クリプトナイトに彼が悩まされていた時、気付いてあげられなかった。そんな悔いさえ彼女の中には甦った。縁起でもないと分かっているのに涙が出て来る。

「大丈夫」

彼女には聞こえまいと思いながら、自分に言い聞かせるようにセリーナは言った。
「大丈夫よ。彼がいる」



昼間のように照らし出された夜空から、1つ、大きな流星にも似たものが降って来る。
彼だ。あれだけの爆発を至近距離で受けた以上、気絶するのは当たり前だろう。スーパーマンはそのまま猛スピードで落下していく。流星と言うよりも隕石に例えた方が良かろう。
海上に漂っていた船は、慌てて彼や燃えカスを避けようと動き始めた。万が一でも直撃すれば大惨事である。
だが皮肉な事に、気絶したスーパーマンは一際大きなクルーザー目掛けて落下していった。乗っているのはクリスマス・イベントの見物に来た富豪だろう。開けたばかりのシャンパンを蹴飛ばしながら、1人が舵に取り付く。右方向にクルーザーは急旋回するが、間に合うまい。

だが、海上に船のエンジンとは異なる爆音が響いた。
機械仕掛けの蝙蝠が首を擡げ、黒い疾風のように突き進んでいく。観衆の目は一気にそちらへと移った。

バットプレーンのエンジンが咆哮した。飛び立ってすぐフル回転を求められ、怒っているのだろう。不興気に機体が揺れるのを、バットマンは操縦桿を引く事で無理に押さえ付けた。
風に乗った機体が上昇を開始する。翼が闇夜を切り裂き、波飛沫を上げた。

高度よし、角度よし、速度も問題なし。
後は己の腕と、機体の頑丈さを信じるだけだ。
ブルースはマスクの奥で碧眼を細めた。
蝙蝠の翼が空中で急停止する。

金属の絶叫が、離れている市民の耳にも届いた。

鼓膜へ拳を叩き付けてくる音に、ロイスは顔を顰めた。
巨大な蝙蝠が平衡を失ったように揺らめく。それでも蝙蝠は墜落しなかった。クルーザーの上を2回ほど旋回してから、再びゴッサムの方へ羽ばたいていく。
スーパーマンも、恐らく無事だ。
「バットマンだ!」
ステージの上に立っていたマッケンジーが、拳を大きく突き上げ叫んだ。
「我が街の守護者が、スーパーマンを助けたんだ!」
髭を生やした顔は、笑みに満ちていた。
我に返ったかのように、集まっていた市民からもざわめきが起きる。すぐにそれは感謝と祝福の声に変わった。

「2人のヒーローに!メリークリスマス!」
用意されていたシャンパンが勢い良く開かれる。配られたグラスを持ちながら、皆は口々に2人のヒーローを称え、クリスマスを祝った。ステージ横にいた指揮者が慌ててタクトを持ち、クリスマスソングメドレーを奏で始める。
ロイスとセリーナは、その楽曲を耳にしながら、2人のヒーローが消えた方向を見つめていた。
「そうね、2人のヒーローに」
「ええ」
「きっと彼らは世界一素晴らしいチームになるわ。世界一……」

ぱきん、とロイスは指を鳴らした。
「これだ」
「え?」
「これだわ、そう、これよ!号外の見出しはこれで決定!“スーパーマン”以来の閃きだわ!最高!」
「ちょ、ちょっとロイス?」
バッグからメモを取り出し、何やら書き出したロイスへ、セリーナは怪訝な目を向けた。
「平気?心配し過ぎておかしくなったんじゃない?何が最高なのよ」
「思い付いたのよ、あの2人のチーム名!」
「ええ?」
先程の爆発以上に強烈な光が、ロイスの目に宿っている。
「23日からずっと考えてたの、あの2人に相応しいチーム名がないかって!単に名前を並べるだけじゃ、どっちを先にするかでも揉めるでしょ?で、色々と考えていたんだけど、これよ!」
ロイスは誇らしげにメモを示した。
セリーナは仕方なくその文字を読み上げる。

「“World's Finest”」

「素晴らしいでしょう!彼らも絶対気に入るわよ!」
「あー…そうね…そうかもね……」
脳裏にバットマンのしかめっ面を浮かべながら、セリーナはおざなりに頷いてやった。

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