12月24日/海上 1

世間ではクリスマス休暇だというのに、デイリー・プラネットは相変わらず忙しかった。
普段に比べればやや慌しさが薄れたといえるが、それでも入稿に走る者や取材に行く者などが後を絶たない。今日の午後からこの会社は休暇に入るのだ。

「ケント!」
「はい!」
ペリーの呼び声に、クラークは席を立った。勢い良く立った拍子に、机に足をぶつけてしまう。顔をしかめたのは痛みからではない。机が気の毒だったからだ。
「今日の夜はどうするつもりだ?」
「…実家に帰るつもりでしたが」
イブは家族とゆっくり過ごし、夜はミサに行く。それがケント家の恒例行事だ。今頃マーサがディナーに腕を奮っている事だろう。

「よし、悪いがその予定はキャンセルだ」
「えええ!?」
「今日の夜から明日にかけて、港ではクリスマス・イベントが行われる。それの取材に行って来い」
「チーフ、無理ですよ!市内に住んでる誰かに代わって貰えませんか…?」
「代わりに年明けの休暇を1日増やしてやる。ロイスと一緒にゴッサムへ行って来い!」
「そんな!…って、え、ゴッサム?メトロポリスでのイベントでしょう?」
「何も知らんのか?」
呆れたようにペリーが煙草をふかした。
「あれはゴッサムとメトロポリスの友好行事だぞ」
「それは知っていますよ」
不穏な湾岸の空気を和ませる為の行事だ。それくらいはクラークも知っている。
「メトロポリス側に大きなツリーが立てられて、その下でやるとか」
「そうだ。だがツリーのベツレヘムの星は、ゴッサムから船で運ばれて来るんだ。ゴッサムの名士達と一緒にな。日付が変わると同時にそれはツリーに飾られ、コンサートが始まるのさ」
「へぇ、そんな趣向だったんですか」

クラークは感心した。ベツレヘムの星とは、ツリーの天辺に飾られる大きな星の事である。それとクリスマスツリーの合体は、確かに2都市の和合に相応しい。

「あのでも、だからと言って僕が何でそんな」
「上からの命令なんだよ。ゴッサムからの船にはな、ブルース・ウェインが乗ってるんだ」
「はぁ」
「最近うちの会社も経営陣がアレでな、株を売るだの何だのと色々話が出ているらしい」
「…大変じゃないですか!」
「だからだ!」
どん、とペリーが机を叩いた。置いてあったコーヒーが揺れる。
「大富豪のウェインなら、株の1つや2つ買えるだろう!」
「…あの、それで、やっぱり何で僕に…」
「ゴッサム支社の連中は、近い癖にウェインと交流が少ないんだ!そこであのプレイボーイに、昨日親しくなったロイスを会わせてだな、うちの会社を売り込もうと…」
「そういう魂胆なのよ、スモールビル」

ペリーとクラークは一瞬黙った。
振り返ると、ロイスが艶やかに笑っている。

「パーティー続きであなたも飽きるだろうけど、エスコートしてちょうだい」



「パーティー続きで、流石にあなたも飽きたんじゃないの?」
「少しはね。でも今日は、君がいる」
「光栄だわ」
セリーナ・カイルが緑色の瞳を細める。謎めいて見える彼女の笑顔は、ブルースにチェシャ猫を思い起こさせた。
彼女とは夏にチャリティで知り合った仲だ。プレイボーイの仮面で近付いたが、機転の利いた会話と聡明さに、素顔の部分でも惹かれていった事は否定できない。それはブルースがやや危機感を覚えるほどだった。
それでも彼女から離れるという決断は出来なかった。未練なのかもしれない。

「聞いたわ。あなたとマッケンジーさんが襲われたって」
「おや早耳だね、どこからの情報?」
「メトロポリスの友達からよ」
「内緒にしておいたのにな。その分じゃ世界中に広まっているだろう」
大袈裟に腕を振って、片眉を上げてみせた。おどけた仕草にセリーナが笑う。さりげなく彼女の肩に手を置くと、彼女もさりげなく寄り添って来てくれた。黒いドレスに散りばめられたスパンコールが、車内の薄暗がりで煌く。ともすれば地味に見える装いだが、彼女の瞳や肌の美しさを際立たせていた。
「今日は船の上だけど、寒くないかい?」
「大丈夫よ。コートを持ってきたもの」
「毛皮の?」
「まさか、ポリエステルよ」
「嘘だ」
「後で確かめてみればいいわ」
「そうしよう、船に乗る時にでも」
「あなたこそ平気?」
「僕は大丈夫だよ、しっかり中に着込んでいる」



「クラークー?まだなのー!?」
「もうすぐだよロイス!」

タキシードの中にタイツとケープを着込むのは、いつもながら手間が掛かった。ロイスの何度目かの催促に慌ててタイを締め、鏡で見直す。どう見ても普通の礼装姿だ。シャツからSマークが透けて見える事もない。
「待たせてごめん、でき…」
「相変わらず遅いわね」
「……ごめん」
ドアの側に立つロイスに、クラークは目を奪われた。白を基調にしたドレスが良く似合っている。髪に付けた薄いピンクのコサージュも、昨日とは違った彼女の可憐さを表していた。

「あー…えーっと、その、と、とてもきれ」
「さあ行くわよ!」
口籠っている間に、肘の辺りを捕まれる。そのまま大股で歩き出す彼女に、クラークは慌てて足を速めた。
「メトロポリスからゴッサムに行って、ゴッサムからまたメトロポリスに帰って来るのよ?こんな事になるなら、昨日あのままゴッサムに泊まれば良かった!」
「ああ、うん、そうだね」
「ペリーも早く言ってくれれば良かったのに。経費の無駄じゃないの」
「うん、本当だよ」
ロイスの行動力と積極さは、クリプトンの英知をもってしても解明できまい。屋上に止まった迎えのヘリに乗り込みつつ、クラークはそう思った。

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